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7月♪ きみがすき

「ただいま帰りました」

もう癖になってしまった帰宅の挨拶をして靴を脱ぎ、ふと気付いた違和感にトキヤは首を傾げた。
いつもならば、飼い主の帰りを待ちわびていた仔犬のように
HAYATOとしての仕事を終え帰宅した自分にじゃれつく音也の姿が見えないからだ。

「音也?…と、」

不思議に思いながらも玄関から居室へと続く廊下を抜けドアに手を掛けたところで、
室内から微かにギターと歌声が聴こえることに気がつく。
この学園はアイドル育成専門学校というだけあって、しっかりと防音の施された造りをしていた。

練習をしているのなら邪魔にならないように…とそうっとドアを開ける。
彼は入り口に背を向けていつもの定位置であるクッションに座り、弾き語りをしていた。

「(…この曲、)」

音也が歌っていたのは、随分前に流行った、いわゆる名曲と称されるものだ。
今改めて聴いてもその素晴らしさは全く色褪せることがない、トキヤも大好きな曲だった。
そして、彼がかき鳴らすギターからきらきらと流れてゆくメロディに寄り添うのは、
いつもの元気一杯な彼の歌声よりも幾分やわらかな、優しい声。

「懐かしい歌ですね」

その歌声にすっかり聴き入ってしまっていたトキヤは、
彼が一通り歌い終えてギターのピックを床に置く音ではっと我にかえり、
満足そうにぐっと伸びをする音也の背に向かって声を掛けた。

「わっ!トキヤ、帰ってたの?」
「ええ。ただいまと声を掛けても気付かなかったようですが」
「うわ…ごめん」
「いいえ」

驚いたように振り返る彼の元へ歩み寄り、ギターを持ったまま
不思議そうに自分を見上げる手をとって、そのまま促すようにかるくひいてみる。
そうすれば音也はうれしそうに立ち上がって、おかえり、と軽く抱きついてきた。

これは、ふたりが初めて想いを伝え合って恋人という関係になってから度々見られる光景だ。
トキヤは仕事で心底疲れてしまったときに音也に触れることで元気を充電する癖があった。
もちろん、彼はそのことには気付いていないのだが。

「あなたが歌っている姿を見るのは好きです。
 今日の歌も、やわらかくて甘い、素敵な声でした」
「…そんなふうに言ってくれるの、めずらしいね」
「自分のきもちを言葉にするの、苦手なんです」
「ふふ、知ってる」

きっと風呂上りだったのだろう、ふわりと香るシャンプーのにおいに、
仕事で疲れたこころが安らぐ。
彼の笑顔と『おかえり』の言葉、それから、のびのびとした歌声も。
いつのまにか、音也を構成するすべての要素はトキヤにとっての癒しになっていた。

「ねぇ音也、おねがい、ひとつ聞いてくれますか?」
「なになに?俺にできることなら、なんでもするよ」

いつものふたりの関係から言えば、音也がトキヤにお願いをすることはあっても逆はない。
トキヤは全てのことを自分の中で消化してしまうべく努力を惜しまない性格だったし、
どんなに多忙でもそれをこなしてしまう実力があった。

だから、音也にとっては『トキヤが自分にお願いをする』なんてことは、
なんだか自分を頼ってくれているようでうれしかったのだ。
何でも言って!といわんばかりに目を輝かせて自分をじっと見つめてくる音也の素直さに
思わず顔が緩んでしまうのを感じながらその頬に手を添えると、
彼は擽ったそうにその手に頬を摺り寄せた。

「『歌っている姿』がすき、だと言ったでしょう?今度はその姿を正面から見てみたい」
「え…っ、あ、改めて言われるとなんか恥ずかしいんだけど」
「ダメですか?」
「うぅ、ずるいよトキヤ」
「おねがいします。ね?」

音也の両肩に腕をまわして、HAYATOのように小首を傾げてみる。
どうすれば了承してくれるだろうかと考えて、試しにと軽い気持ちでやってみたことだったが、
音也には効果抜群だったようだ。
みるみるうちに赤く染まってゆく彼の頬が、トキヤの選んだ作戦が成功だと告げていた。

「横…」
「え?」
「だからっ、正面じゃなくて横から…なら、いいよ」
「…はい」

自分では気付かずふわりと笑顔になったトキヤの手を引いて、
音也は自分のベッドにと場所を移動させた。
トキヤを座らせ、自分もその横に座ったかと思えば枕をぎゅっと抱きしめる。
ぽすん、と恥ずかしそうに顔を埋める仕草が、たまらなく愛しく思えた。

「恥ずかしいから、少しだけねっ」

音也は枕を抱いたままちらりとトキヤを見てそう言うと、
すぅっと息をおおきく吸って歌いだした。

その瞬間、部屋の空気がふわっとあたたかくてあまいものに変わる。
先程、帰宅した直後に聴いたときとは違ってギターの伴奏はないけれど、
その分音也の声がよく響いた。歌うのがすきなのだと伝わってくるいい声だ。

――ああ、やはり気持ちいい。ふわりと包まれて、しあわせな気分になる。
目を瞑って聴き入りたいけれど、歌っている彼の横顔を見ていたい――…

そんなことを考えていたら、サビを歌い終えた音也と視線がぶつかった。
その瞬間彼がもう限界だというように歌を止めてしまうのと、
そのからだをトキヤがベッドに押し倒したのは同時だったように思う。

「わ…っ」

きっと押し倒されるだなんて予想もしていなかったのだろう、
音也は少しだけ驚いたような声をあげたけれど、すぐにその唇はキスで塞がれた。
開いていた隙間から進入してくる舌に慌てたようにびくんと跳ねたからだからも、
お互いの唾液がまじってあまくなるころにはくたりと力が抜けていた。

「――ぷは、っ、は、トキヤ…?」
「すきです」
「え?」
「音也のことがすき。私が生きる意味も、それだけでいいです。」
「……」
「あなたも今、そう歌ってくれたでしょう?」

長いキスを終えて、ようやくお互いの顔が見えるだけ離れた距離で紡がれる言葉。
それは、先程音也が自分だけのために歌ってくれた歌への、心からの返事だった。

「…トキヤ、それ、反則だよ」
「あなたが可愛い歌を歌っているのがいけないんです」
「トキヤに歌ってるってわかったの?」
「勿論。あたりまえでしょう?」






改定履歴*
20111112 新規作成
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