【ゾロロー】ふたり、空の下で
二日かけて読みすすめた分厚い本が、とうとう最後の一ページとなった。自船のクルーから乱読家と称されることもあるくらい本が好きなローだが、これほど没頭できる本に出会えたのは久しぶりだ。読み終えてしまうことを惜しく思いながら、それでも次の文字を追うのをやめられない。
「はぁ、面白かった」
最後の一文までを読み終えると、ローの口から自然とそんな言葉が零れ落ちた。ぱたんと裏表紙を閉じて本を傍らに置くと、視界いっぱいに爽やかな空が広がる。ところどころに浮かんでいる白い雲と遠くを飛ぶ海鳥の姿が、いかにもここは平和な島ですという雰囲気を醸し出しているように思えた。清々しいまでにいい気分だ。
海賊ではあるが、こんなゆったりとした雰囲気も悪くはない。おかげで誰にも邪魔されずにこの本を最後まで読めたのだから。
「なぁ」
いいことがあると、なんとなく誰かに話したくなるのが人の性だ。ローも例外ではなかった。そしてその対象は、自然と一番手近な所にいる相手になる。
「起きろよ」
ローは、自分が枕にしている男――ゾロに声をかけた。小さな島に寄港中のこの船には、今はローとゾロのふたりしかいない。
見張りを買って出たくせに皆が出かけてすぐ居眠りを始めた姿を目にした時には、元々の船長気質も相まって一体どういう了見かと叱りつけたくもなったが、はじめは座って居眠りをしていたこの男が、ローも残るとわかってから大の字になって本格的に寝始めたものだから悪い気はしなかった。
これじゃまるで本当の仲間みてぇじゃねェか、そこまで考えて随分丸くなった自身の考えを首を振って否定した。ただ気分がいいのは本当だったから、ローはお気に入りの本を手にその隣に座った。そのうち座っているのがだるくなってきて、隣で眠るゾロの腹を枕にした。
「ゾロ屋、なぁ」
それはともかく、このおれが何度声を掛けてもかけても一向に起きる様子のないのはどういうことなのだ。カチンときたローには、先程までは気にもならなかった大きないびきが急にうるさくなったように思えた。
まじでうるせぇんだけどコレおれの声聞こえてんの、つうかコイツ寝てる時のほうが騒がしいな、なんて思いながら寝返りをうちゾロの隣に座る。おい、起きろって、もう一度声を掛けるも高いびきは止まらない。
「〜〜っ、おいってば!」
本の面白さを共有したい、なんて当初の目的はどこかに消えてなくなってしまっていた。今はもう、とにかくこの男を起こしてやりたい。そして静かな空間を勝ち取りたい。それだけだ。
そうしてローは、それを実現するために迷いなく実力行使に踏み込んだ。
「――っい、ってぇ!」
ドン! と音が響くのではないかという勢いで、呼吸に合わせて上下するゾロの腹に跨ったのだ。
ローはどちらかというと細身なほうで、体重だってけして特別重いというわけではない。けれどやはりそこは男のからだで、しかも不意打ちの腹に勢い良く乗られてはいかにゾロといえどなかなかの衝撃だったらしい。それこそローの望み通りに、一瞬で飛び起きる羽目になった。
「何すんだテメェ」
「こっちのセリフだ」
ゾロが軽く咳き込みながら身を起こそうとするも、ローはまるで椅子か酒樽にでも座っているかのように微動だにせずゾロを見下ろしたまま動かない。ローは意外と短気なのだ。せっかくだからこのまま説教してやろうと思った。自分の声を無視したのと、一時とはいえ静かな空間を奪われた仕返しだ。
「はぁ!?」
「イビキうるせぇし、何度呼んだと思ってんだよ。おまえそれでも見張りか?」
「寝てる間の事なんて知らねェよ。見張りはおまえがいんだからいーだろーが」
ところが、思ってもみなかった返答にぐっと言葉に詰まってしまった。
同盟組んでるとは言え敵船の船長だぞ、それが見張り代わりになると思ってるとかどんだけおめでたいんだよ、そう思いつつもどこか嬉しくて、顔が緩んでしまうのを抑えきれない。
「お、れが起きてても仕方ねぇだろ。おまえんとこの船なんだからおまえがしっかり守ってろよ」
取り繕うように言い捨てて、ローは動揺を悟られないように顔を背ける。とりあえずゾロを起こすことには成功したものの、すっかり調子が狂ってしまった。本の感想なんて最早どこかへ飛んでしまったし、狙い通りの静かな空間も今となっては気まずいだけだ。
「……じゃーおれ戻るから。しっかり見張りしとけよ」
とりあえずこの場から離れよう、そう思ったローが立ち上がろうとするも、ゾロにがしっと腕を掴まれたためそれは叶わなかった。
「静かにしといてやるよ」
だからもうちょいここにいれば、なんて欠伸混じりに誘って、ゾロはまた目をつむってしまう。
「また寝んのかよ」
「安心しろって、目瞑ってるだけで起きてっから」
心なしかいつもよりやわらかな語調に、もしかしたらうるさかったことを少しは悪いと思ったのかもしれないと思った。
「……どうしてもってんなら、いてやってもいいけど」
「そーかよ」
「重くねぇの、とりあえず手離せよ」
「べつに平気、つうかちょうどいい」
「何が」
「おまえの尻の……なんだ、厚み? 弾力? なんかあったけぇし」
「!!」
するり、尻を撫でられる。とても他人の尻を触っているとは思えないくらいのさり気なさだ。あまりに自然に撫でられたものだから、ローは言葉も出せなかった。
「な、な、なに言って」
「いや、おまえが聞くから」
「そういうことじゃ……、とりあえず離せ降りる」
返す言葉も見つからないが、とりあえずこれ以上腹の上に跨ってはいられなくて、ローはゾロから離れようと後ろに下がった。それが間違いだった。
「――っ!」
「いって、急に下がんなって」
「勃たせてんじゃねぇよ!」
何しろ、そこにはまるでローの尻がそれ以上後ろに下がるのを食い止めるかのように勃ちあがったゾロのものがあったのだから。勢い良く下がったせいでそれがちょうど尻の谷間にはまって、一気に体温が上がる。顔が熱い。
「しょーがねぇだろ寝起きなんだから」
「もう起きてんだから治めろよ!」
「無理言うなよ、どういう理屈だよ」
偉そうな口調で突飛なことをいうそのアンバランスさに、ゾロは思わず笑いを零した。
「あーもう目ぇ覚めたじゃねぇか」
「おれのせいにするな、ていうかちょうどいいじゃねぇか。起きてろよ」
「起きるけどさ」
よっ、と勢いをつけてゾロが身を起こす。あぐらをかいたゾロにローが向かい合わせに跨る、ちょうど対面座位の体勢だ。ぱぁっと朱がさしたローの頬に、戯れのようなキスをした。
「もう降ろせって」
「なんだテメェ処女じゃあるめェし……」
「それはこの間おまえが奪ったんだろ」
「だよなぁ。慣れとかねぇの?」
答えを聞く前に、今度は口を塞ぐ。びくんと跳ねるからだを包み込むように抱き寄せると、ローは行き場を失くしていた手をその腕に添えてキスに応えた。余裕たっぷりのゾロとは違って、顔を近づける仕草も目を瞑るタイミングもどこかぎこちない。それを指摘すると臍を曲げるのは解っていたから、ゾロは僅かに口角を上げるだけに留めてそれを受け入れた。ローのくちびるがそっと離れていくのを名残惜しむように、舌を伸ばしてぺろりと舐める。まだまだ終わる気はない、という意思表示でもあった。
「慣れなくて悪いか」
「いや? いーんじゃねぇの可愛くて」
「おまえなぁ……おれ一応年上なんだけど」
「んじゃそういうとこ見せてみろよ」
「上等じゃねえか」
終わる気がないのは、ローも同じだった。
ふたりきりとはいえここは船の甲板で、いつ誰が戻ってきてもおかしくねぇぞとか、ローションとか何も用意ないけどどうすんだよとか、色々思うことはあったがこうなれば楽しんだもの勝ちだ。ローもそれなりに性欲はあって、二十歳そこそこのゾロに至ってはきっと持て余しているだろう。何よりも、この気持ちいい空の下で気持ちいーことやったらもうたまんねぇんじゃねえの、なんて思いながらローは年下の恋人の手に身を任せるのだった。
end
改定履歴*
20140619 新規作成
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