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僕の悪魔 -4-

翌日、シエルはずきずきと痛む頭を抱えながらも執務室で書類を捲っていた。
朝自分を起こしにきた執事には今日の予定をキャンセルするよう提案されたけれど、
じっとしていたら折角胸の奥に押し込めた想いがまた浮かんで苦しくなりそうだったから。
仕事に追われて忙しくしていた方がまた気が紛れる…そう、思ったのだ。

「…はぁ」

けれどいくら仕事に集中しようとしても、書類に書いてある言葉が上滑りして消えてゆく。
もう何度目かわからないため息をついたところでシエルは仕事を諦め、
ひとつぐっと伸びをして深呼吸ついでにふかふかの椅子へと身を沈めた。

時計に目をやれば時刻は3時少し前。もうすぐ執事が、アフタヌーンティの準備をしてこの部屋にやってくる。
そのことを意識するだけで、心臓がどくんと音を立てて鼓動が少し早くなるのがわかった。

――どうしようどうしよう、ただでさえ昨日も今日の朝も変な態度を取ってしまったのに、
いい加減いつも通りの僕になっておかないと、呆れられてしまうかも。

そう思ったシエルはきゅっと唇をかみ締めて目を瞑って平静を取り戻そうと試みるけれど、
頭に浮かぶのは愛しい恋人のこと、ただそれだけだった。



****
セバスチャンはシエルの恋人であり契約者であり、完璧な執事だ。
淹れる紅茶はもちろん、スイーツもディナーもそこらのシェフに負けない一流品。
さまざまな言語を操り、社交性も抜群。理解力にも優れ仕事の補佐を完璧にこなす。
楽器を持たせればプロ顔負けの音色を奏でるし、ダンスのステップも流れるように美しい。

『ウインナワルツならおまかせ下さい、シェーンブルン宮殿にはよくお邪魔しておりました』

シエルの脳裏に、いつかに言っていた執事の言葉が思い出される。
セバスチャンはシエルに絶対嘘はつかないから、きっと本当によく出入りしていたのだろう。
…シエル以外の、誰かと。もしくは、誰かに会う為に。



『今この身体は 魂は 毛髪の一本に至るまですべて主人のもの』



――そう、セバスチャンは、僕の悪魔だ。今、は。…では、前は?
僕じゃない『誰か』と契約して、『誰か』の為に紅茶を淹れ、
あの綺麗な笑顔で『誰か』の腰に手を添えてワルツを踊り、
夜になれば、僕にするのと同じように『誰か』をあの大きな手で抱いて――…

「…嫌だ」

そこまで考えて、シエルはようやく自分の気持ちを口にした。
ぽたぽたと書類に落ちた涙で、インクがじわりと滲んで染みを作ってゆく。
まるでシエルの心に浮かんだ不安が、どんどん広がっていくように。

「いやだ、嫌、…あれは、僕のものだ」

恋した相手は、数え切れないくらい永い期間を生きる悪魔。
僕がこの世に生まれるずっと前から存在していて、僕がこの世から居なくなってもずっと存在し続けるもの。
もちろん契約者なんて数え切れない程いて、僕はそのうちのひとりに過ぎない。
きっとこの悪魔にとっては僕はただの暇つぶしなんだ。
そんなこと初めから解っていたのに、今頃になってこんなに辛くなるだなんて…

シエルがセバスチャンのことを好きになれば好きになる程、不安も比例して大きくなっていった。
気にしないようにと考えれば考える程気になってしまって、苦しくって、もうどうしていいかわからない。
初めてのこの恋を、本気の恋にしてはいけないという事実が、まだ幼いシエルのこころに重く圧し掛かっていた。

「…っく、セバスチャ…」

思わず口をついて出た名前に、またきゅうっと心臓が痛くなった。
ただの契約者である悪魔に、自分がこんなに溺れて依存してしまうなんて想像もしていなかったのに。

もし僕がもっとオトナだったら、自分の気持ちをうまくコントロールして
こんなに苦しくなることはなかったのではないだろうか。
自分も悪魔と同様に、いつか契約が完了するまでの暇つぶしだと割り切ることができたのだろうか。

そんなことを考えてみても胸の痛みはとれることなく、シエルはぽろぽろと零れる涙を止められずにいた。






改定履歴*
20110805 新規作成
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