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一大決心をしてみました

ファントムハイヴ家に赤い死神が襲来し、とんでもない悪戯をしてくれてから一週間目の昼下がり。
いつもは書類を捲る音と紅茶を淹れる心地よい音だけが響く執務室からは、
執事の不安げな声と、それを落ち着かせるような当主の声が聴こえてくる。

「――わ…っ」
「ゆっくりゆっくり…急がなくていいですから」
「ん…っ、こう、か?」
「そうそう、お上手ですよ。はい、あとは両手でそれをこちらへ」
「わかってる、…っあっ!」
「坊ちゃん!」

カチャン、と音を立てて危うく机の上に滑り落ちてきそうなカップごと
大きな手袋の手を支えるちいさな手。そう、ふたりのからだと魂はまだ入れ替わったままだった。

「坊ちゃん、最後の最後で失敗でしたねぇ」
「う、うるさい!」
「原因はわかりますか?」
「手袋が滑った」
「違います、貴方が焦ってしまうからでしょう?
 紅茶は逃げません、零すくらいならばゆっくりで構いませんよ?」
「う…わかって、る、んだけど」
「…まぁ、貴方は本来紅茶など淹れる必要ないご身分ですから。お心がけは立派です」
「おまえがそんなフォローができるタイプだとは思わなかったぞ」

今日も今日とて『セバスチャン』の姿で紅茶を淹れる練習をするシエルに、
セバスチャンは『シエル』の姿で手ほどきをする。
挑戦し始めてから少しはマシになったとはいうものの合格には程遠いシエルの手つきに、
セバスチャンは、はぁ、と軽いため息をついてみせた。

「けれど困りましたねぇ。ここ数日は静かでしたが、いつファントムハイヴ伯爵を訪ねて
 お断りできない大切なお客様がいらっしゃるかなんて解りませんし…
 その際に執事がこのザマでは…ねぇ?」
「…やっぱり嫌味なやつだ」
「ファントムハイヴ家の執事たる者、紅茶くらい淹れられなくてどうします?」
「僕は使用人などではない、当主だ!」
「おや、元に戻るまで完璧に執事として振舞うと仰ったのは坊ちゃんでは?」
「それは…っ、大体、あの赤い死神はいつ来るんだ!?」
「そうですねぇ」

そう、そういえばいつ来るのだろう。
セバスチャンは内心ニ、三日のうちに来るだろうと思って居たのだが、その気配も感じられなかった。
まさか本当に、このまま一生…とは言わないまでも年単位でこのままなのだろうか。

「ニ、三日中には一度くらい来るだろうと思っていたのですが…」
「来なかったぞ」
「…いらっしゃいませんでしたね」

それは、困る。脆弱な人間のからだもそれなりに楽しかったし、
何といっても普段は生意気で傲慢な小さいご主人様が慣れないからだで
四苦八苦しているのはこれ以上ないくらいに面白かったけれど、もうそれにも飽き飽きだ。
俯き加減でそこまで考えて、セバスチャンはよし、とでも言うように顔を上げた。

「諦めてキスしましょうか、坊ちゃん」
「なっ、何で僕がおまえなんかとキスなんかしなくちゃいけないんだ!」
「元に戻るかもしれませんよ?」
「だ だからって」

投げかけられた提案を聞いた途端、顔を真っ赤にして後ずさりする主人に苦笑いをひとつ。
キスもしたことのないまっさらのこどもに、どうすればこの提案を受け入れさせるか…
そんなことを考えながら、セバスチャンはシエルとの距離を縮めてゆく。

「はいはい申し訳ありません。坊ちゃんは『初めて』に抵抗のある『弱虫』でしたね?」
「――〜〜ッ!!」

窓際まで追い詰めた自分のからだを閉じ込めるように両手をつくと同時に、
外から入ってきた風がふわりとカーテンを揺らす。
一瞬だけ隠れた悪魔の表情が再び目に入る頃には、先程までの慌てたような様子は消えていて、
代わりに一大決心をしたかのような視線がシエルの姿をした悪魔を見据えていた。






改定履歴*
新規作成 20110726
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