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こんな戻り方なんて聞いてない

執務室に戻ったセバスチャン(いまはシエルの姿だが)の目に入ったのは、
執務机に向かって黙々と仕事をこなしている自分(もちろん中身はシエルである)の姿だった。

驚きの声は確かに聞こえてきたけれど、そこはさすがに『女王の番犬』。
多少の事で騒ぎ立ててはファントムハイヴの名を汚すとでも思ったのだろう。

セバスチャンの姿をしたシエルは、足音だけで執事が部屋に戻ってきたことを把握して
すっと右手を差し出しシールリングを要求した。
その指輪はセバスチャンの中指には小さかったらしく、鬱陶しそうにため息をついて
手に持ったまま封筒に垂らした封蝋の上からぐっと押し付け、
封筒を渡すついでに今は自分の姿をしている執事をまっすぐに見据える。

「セバスチャン、どういうことなんだ」
「先程おいでになった、頭のおかしい死神の戯れです」
「あの赤いのはおまえ目当てだろう。どうして僕まで巻き込まれるんだ」
「それは…いえ、私としたことが申し訳ございません。
 ただ元に戻る方法は聞き出しましたので」
「チッ。…ならば戻せ、すぐにだ」
「よろしいので?」
「いいから早くしろ。仕事がやりにくい」

不遜な態度をとるセバスチャンと、恭しくお辞儀をするシエル。
全くもって普段と逆のその姿は、本人達にとってもこれ以上ないくらいに違和感のあるものだった。

セバスチャンとて、このままこの悪魔に比べれば貧弱なシエルの身体で居ても
通常業務がやり辛いことは目に見えていたし、元に戻ることは賛成だ。
主人からの『元に戻せ』の命令もあったし、ならばとおもむろにシエルの隣に立ち
椅子を回転させ横を向かせる。

「では失礼致します」

あの死神の言葉を信じていいのかという疑問はあったが、
現状で解っているのはこの方法しかないのだ。ものは試し――
そう思って、蒼の指輪が光る手を今はシエルのものである自分の顔に添え、
何事かと事態を受け入れられずにいる隙にぐっと自分の顔を寄せて。
キスまであと1センチというところだった。自分の姿形をしたシエルに思い切り突き飛ばされたのは。

「痛…」
「わ、悪い」

いつもと違うオトナの男の身体で力の加減ができないシエルと、
いつもとちがうちいさなこどもの身体で両足のふんばりが利かないセバスチャン。
普段はうまく保たれているふたりの力のバランスは見事なまでに崩れてしまい、
セバスチャンはシエルの身体でぺたんとしりもちをつくことになった。
突き飛ばしたシエル本人が驚いて立ち上がりひょいと抱き起こす様子は、
いつものセバスチャンとシエルそのものだ。

「坊ちゃん、いけません。いくら中身が私といえども、
 この身体は貴方のものなのですよ。傷がついたらどうします」
「う、おまえが、急に近づくから」
「元に戻せと仰ったのは坊ちゃんでは?」
「あれが、元に戻る方法なのか!?」
「ええ、『王子様のキスで元に戻る』と。あの死神の歪んだ少女趣味にも困ったものですね」
「困った所の話じゃないぞ…」

はぁ、とため息をついて、ぽすんと椅子へ座り直すシエルの表情は、本当に困ったときのもので。
セバスチャンは自分のそんな表情を見るのは久しぶりだったから、なんだか新鮮な気持ちがした。
じっと見ていると、困った中にも頬杖をついてすこしだけ照れたような様子が見てとれる。

「……坊ちゃん、キスが怖いですか?」
「怖いはずないだろう!キスくらい挨拶のようなものだ」

うっすらと頭を過ぎった予想はどうやら図星だったようで、
セバスチャンの姿をしたシエルは顔を真っ赤にしながら慌てて否定の言葉を口にした。
まったく、そのように解りやすい態度をとられては「はいそうです恥ずかしいです」
と言っているようなものなのに…とは思うが、主人のこういうこどもっぽさが可愛くもある。
まぁ、それがシエルの姿なら、の話なのだが。

「では何故先程私を突き飛ばす程嫌がったのです」
「あれは…ただ…急だったから驚いただけで、別に怖がってなんて」
「ふむ、では改めて。元に戻るためにキスしてよろしいですか?マイロード」
「だめ!!!!…あ、いやその、も、もっと他にあるだろう!おまえ悪魔なんだからどうにかしろ」
「またそんな無茶を。悪魔とて万能ではないのですよ、しかも今私人間ですから。
 …ですがそうですねぇ、そこまで仰るなら。」
「なら…?」

シエルの姿ならともかく、自分の照れる姿など見ていて気分のいいものではない。
と言うか、はっきり言うと見たくない。本音を言うとさっさとキスして
さっさと元の身体にもどりたいところではあったが、主人が首を縦に振らない以上無理強いはできない。

「きっとあの死神はまた様子を伺いに来るでしょうから、そこを捕まえましょう」
「いつ来るんだ?」
「さぁ、いつでしょうねぇ。今日かもしれませんし、明日か、はたまた一年後か。
 坊ちゃん、それまで執事として振舞えますか?」
「…あたりまえだろう。おまえこそ下手して僕の名を汚すようなことするなよ」
「お任せください、マイロード」

キスを頑なに拒否するシエルの要望を取り入れた案を提案するセバスチャンの口角は、
ゆるく弧を描いていた。これは、悪魔がなにか楽しいことを思いついたときの癖だ。
そう、セバスチャンは、すぐに戻れないと解った以上この不思議な状況を楽しむことにしたのだった。






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新規作成 20110707
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