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5.きみのいない未来だけ

「はい、坊ちゃん、あーん」

 あたたかな太陽の光がふりそそぐ僕の寝室に、やけに甘ったるい執事の声が響く。今までに聞いたことのないような、文字通り猫撫で声というやつだ。とにかく、ひとくち分のケーキを載せたフォークを目の前に持ってくる執事の顔はその声に似合った幸せそうな笑顔だった。

「食べないんですか?おいしいですよ。坊ちゃんの好きなガトーショコラ」
「…………」
「ほら、おくちをあけて」

 昨日一年ぶりに再会し、朝を迎えてからというもの、セバスチャンはずっとこんな調子だった。飽きるほどお互いを求め合い、仕事もなにもかも忘れて抱き合った結果次の日に起き上がれなくなってしまった僕を責めることもなく、水だの紅茶だのおやつだのとただひたすら僕を甘やかす。

 こいつはこんなに僕に甘かったっけ……と思い出そうとするけれど、答えが出る間もなくまたキスをされたり甘やかされたりして思考が纏まらない。今だって、折角答えが出そうなところで口に入れられるあまいチョコレートの味が、僕の意識を攫ってしまうんだ。

「おいしいですか?」
「……ん」
「お気に召したようでよかったです」
「……セバスチャン」
「はい?どうなさいました?」
「おまえは、その……こんなに僕に甘かったっけ」
「嗚呼、久し振りにお会いできたので少々甘くなっているかもしれません。坊ちゃんのお世話をできるのが嬉しくて……だめですか?」
「ううん、だめじゃない」

 至近距離で大好きな紅茶色の瞳にじっと見つめられると余計に言葉がでなくて、代わりに顔がかぁっと熱くなるのがわかった。そんな僕を見てくすくす笑いながらケーキの載った皿を手渡す執事に促されて、続きのケーキを口に運ぶ。その間もセバスチャンは、綺麗な笑顔のまま僕をじっと見ていてうれしいような恥ずかしいような複雑なきもちだ。

「ではどうして難しい顔をされているのです?」
「え?」
「ほら、眉間にシワがよってる」
「う……」
「何か気になることがあるなら仰ってください、坊ちゃん」
「…………、なんで僕のところへ戻ってきた?ちゃんと100年待ってれば元のように悪魔に戻れたんだろう?」

 優しい視線で促されて、僕は昨日真実を聞いた時からずっと引っかかっていた事を口にした。『貴方の居ない世界なんて、私にとってなんの意味もないんです』昨日、セバスチャンが言っていた言葉を頭の中で何度繰り返しても、どうしても納得いかない。

 だって僕は、こいつにとってただのエサの筈だったんだ。……ただひと時の感情に惑わされて永遠の命を捨てる程この悪魔が馬鹿だとは思えない。

「理由は昨日、申し上げたはずでしょう?あれでは納得していただけませんでしたか?」
「だって、100年なんておまえにとってはあっという間だろう。たかが一人の契約者と二度と会えないくらいで永遠の命を捨てるなんて……」
「たかが、ではありません。私にとって坊ちゃんはたった一人の大切な恋人です。可愛くて寂しがりやさんですからねぇ。私が居ないと泣いてしまいますし」
「僕はそんな泣いたりなんて……」
「強がる貴方も可愛いですけどね」

 ガトーショコラの載っている皿が執事の大きな手に引き取られていってワゴンに戻り、ぎし、と音を立ててセバスチャンが僕のベッドに乗り上げる。慣れた動作でヘッドボードを背に僕の後ろに座ったかと思うと、そのまま、僕のからだは大きなオトナの男の身体に包まれてしまった。

 手袋をした大きな手が僕の手を包み、あやすようにふにふにと握られる。くっついた背中から伝わる規則正しい鼓動が耳に響いて、なんだかすごくどきどきした。

「100年も経ったら貴方の執事ができないでしょう?」
「……執事は別におまえじゃなくても、人を雇えば大丈夫だ」
「寂しいこと言わないでください、坊ちゃん。では執事はともかく、恋人は?私が帰ってこなければ、他に恋人をお作りになるのですか? 私以外の者に、こんなに可愛い困ったお顔も、泣き顔も、抱きしめたくなる笑顔も見せてしまわれるのですか……?」

 ひょい、と抱え上げられて、膝の上に横向きに座らされて。空いた片手で頬を撫でられながらそんなことを言われたら、僕は何も言えなくなってしまう。

「ね?お傍にいさせてください。なにより、たとえ永遠の命を得ようとも、この手に貴方のいない未来だけ残った所でなんの意味もないんです」

 セバスチャンが、永遠の命と人智を超えた力を捨ててまで僕の傍に居ることを選んでくれた――紅茶色の綺麗な瞳にじっと見つめられて、ゆっくり紡がれる言葉がようやく僕の胸にすうっと入ってゆく。

 なにか言いたいのに言葉が出てこなくてじっと恋人を見上げてみれば、そっと額に触れる優しい唇。その愛しい感覚に、頬をつうっと涙が一筋、つたってゆくのがわかった。

「坊ちゃん、お返事は?」
「……ずっと」
「はい」
「ずっと僕の傍にいろ、セバスチャン」
「イエス、マイロード」

 耳元で囁かれる、いつもの悪魔の言葉。今まで何度も聞いてきたはずなのに、それを聞いた途端にまたぼろぼろと涙が零れた。それを少し困ったような笑顔で拭ってくれる恋人にきゅっと抱きついてみれば、優しく抱きしめ返される。

「消えてしまった契約印の代わりには、夜毎キスマークをお付けしましょう。悪魔の力がなくなってしまった分、今までよりもっと傍に居て貴方をお護りします。それに、人間もなかなか面白いですよ。貴方の些細な心の変化に敏感になれましたし、なにより――」
「……?」
「貴方とおなじスイーツをたべて、『おいしい』と思えるのですから」

 そういいながら緩く弧を描いた唇がゆっくり近づいて、ふわりとキスを与えられて。唇の端についていたであろうチョコレートをぺろりと舐め取られ、ぞくんと背中が震えた。あったかくて、ふわふわして、頭の奥が蕩けてしまいそうなあまい空気に包まれている気分だ。

 ……ああ、しあわせってこういうことだろうか。なんて、僕は柄にもないことを思いながら優しくてすこし意地悪な恋人に思い切ってキスをした。






『人ひとりぶんの一生を、一緒に生きましょう。こんどこそずっと一緒に、片時も離れることのないように。』






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改定履歴*
20110719 新規作成
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