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4.しあわせの代償は 2

「……セバスチャンのばか」

 今日はこれで最後と決めた行為を終えて、名残惜しさを押し殺しようやく身体を離した後、乱れていた呼吸をようやく整えた恋人の口から零れたのはそんな台詞だった。飽きるほど抱き合って少しは安心したのだろう、声には以前のような凛とした空気が戻っていて、それでようやくこちらも安心する。

「申し訳ありません、やっぱり無理させてしまいましたか……?腰、痛いですか?」
「そうじゃなくって……戻ってこれるなら、どうしてそう言っておいてくれなかったんだ?」
「私もこんなことは初めてだったから実際にはどうなるかわからなかったのです。消えてなくなる事は悪魔なのでないとは思っていたのですが」
「それだけで十分だ! ばかばか、そういう重要なことは先に言え! ばか悪魔!」
「ごめんなさい、坊ちゃん。怒らせてしまいましたか?」
「違……どれだけ、ぼくが心配したと思って……僕は、おまえがもう本当に、全部きれいに消えてしまったんだと思って、おまえが居なくなってから何日も涙が止まらなくて、ずっと眠れなくて、それで」

 言っているうちに寂しさを思い出してしまったのか、まるで幼いこどもになってしまったようにわんわん泣きじゃくりながら私にぎゅっと抱きついてくる恋人の髪をそっと撫で、宥めるように頬を伝う綺麗な涙を拭ってやる。

「うー……もう、おまえ、ほんっとばかだ、もっと人間のこころを学びなおせ」
「はい、そうします。ですから、もっと貴方のこと教えてくださいね、坊ちゃん」

 いつもならばそれで落ち着く筈なのだが、今回はショックが大きすぎたようでますます泣かせる結果となってしまった。理由はどうあれ、一年も放っておくことになってしまったのだ。仕方ないといえば仕方ないだろう。けれどやはり、こうやって目の前で泣かれると胸が痛い。

 けれども一方では、涙と一緒に一年分の寂しさが流れてゆけばいい、とも思った。きっとこの誇り高い当主は、思い切り泣くのを我慢していたのに違いないのだから。

「――申し訳ありません、思い出させてしまいましたね……」
「もうあんな思いは嫌だ、嫌……セバスチャン」
「はい、もう絶対に、二度と貴方のお傍を離れません。ですから安心して」
「でも……おまえは僕の魂を食べてくれないから、いずれまたあの日みたいに消えてしまう」
「いいえ、坊ちゃん。瞳をみせて」
「あ……」

 自分との契約で紫になった主人の右の瞳。頬に手を添えじっとそれを見てみれば、まるでいけないことがばれるのを怖がるように慌てて視線を逸らされる。

 理由はただひとつ。――その瞳に刻まれている筈の契約印が、消えているから。

「大丈夫です、怒ったりません。ほら、私の手も」
「契約印が、……ない」
「ええ。爪も貴方とおなじで黒くありませんよ」
「どういうことだ?」

隠しきれない不安をその瞳に宿らせたまま、それでも真実を知りたいと私の目を見据えてくるちいさな恋人。事実をありのまま告げるか、それとも誤魔化しておくか迷っていた私の心を見透かすかのようなまっすぐな視線に、嘘はつけなかった。

真実を告げることでまた彼はショックをうけるかもしれない、けれど、それごと自分が包み込んでしまえばいい話だ。

「あの日、貴方の前で姿を保つことができなくなった私は、選択を迫られました。あちらの世界で本来の姿で100年を過ごし、永遠の命と悪魔としてのちからを取り戻すか、……最低限の静養だけをした後人間として短い時間を生きるか」
「え……それって」
「そんなの、選択肢はひとつでしょう?」
「!」

 ここまで聞いたところで、聡明な主人は意味を理解したらしく、その綺麗なオッドアイにみるみるうちに涙が溜まっていった。きっと自分のせいで私が永遠の命を失った――とでも思っているのだろうことは容易に想像がつく。

「馬鹿! なんで……だって、永遠の命が」
「言ったでしょう? 貴方の居ない世界なんて、私にとってなんの意味もないんです、と」


 ――しあわせの代償は、永遠の命。

 けれどそんなもの惜しくはない。人ひとり分の命を、貴方と一緒にゆっくり歩めるのなら。






改定履歴*
20110716 新規作成
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