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4.しあわせの代償は 1

 このちいさな恋人と離れ離れになっていたのは、ちょうど一年。たった一年、だ。永遠の命を持つ悪魔にとっては瞬きをする程度の時間でしかない筈のその期間だが、私にとっては、ただひたすら永く感じられた。

 その間、頭に浮かぶのはシエルのことだけだった。気丈な彼のことだからきっと表面上は立ち直ったかのように振舞って、でも夜になれば自分が居ない喪失感でひっそり泣いているのだろう。

 早く、一日でも早くあの屋敷へと戻り、執事として恋人として彼の傍に居たい。やわらかくてさわり心地のよい頬を伝う涙を拭ってやって、もう泣かずに済むように穏やかな眠りに就くまで抱きしめていたい。ひとりでじっと回復を待つ間、ただそれだけを思った。

 たった数年一緒に過ごしただけのちっぽけな人間一匹のことでこんなにも頭が一杯になってしまうなんて、きっと他の悪魔からすれば嘲笑の的だろう。


――それでも、そんなことどうでもいいくらいにこの恋人に溺れてしまった。

「んっ、はぁ、は……っぁん」
「坊ちゃん」
「セバスチャぁ、すきだ、すき、」
「……私もです、シエル」

 名前を呼ぶ度にぴくんと揺れる、組み敷いた細いからだ。もう何度果てたか解らないくらいに求め合った後でもなお名残惜しくて、その狭くて熱い内側から自身を抜けずにいた。

 こうやって肌を重ねることが久し振りすぎてなんだか次にやる事が思いつかず、細い首筋に浮かぶ甘い汗を舐めとり、ちいさな唇にキスをして、ほんのりと上気した頬や乱れてしまった髪をそっと撫でていると、擽ったそうにしながらも不思議そうにじっと見上げてくる瞳。

「セバ……?ほかのこと考えたらいやだ」
「貴方のこと以外考えていませんよ」
「ほんとか……?」
「ええ。ただ、思い出していたんです。貴方と離れていた間のこと」
「――どんな、ことだ?」
「ばかみたいに、貴方の事だけを考えていました。ちゃんと食事を摂っているだろうか、ちゃんと眠れているだろうか。……泣きすぎて、綺麗な目元が腫れていないだろうか、とか」
「こども扱いばっかり……」
「もちろん、私が居ない隙に貴方を誰か他の輩に寝取られていたら、と思わない訳ではありませんでしたよ。貴方は可愛いですから。心配で心配で、貴方の傍に飛んでいけないことがもどかしくて仕方なかった」

 繋がったままぐっとその身体を支えて抱き起こし、目線を合わせてみれば照れたようにすっとそらされる視線。けれど細い手はしっかり私の首筋にまわされていて、たったそれだけのことで腕の中の恋人が愛しくてたまらなくなる。

「……その心配は解けたのか?」
「ええ。貴方の身体は、私の知らない癖はひとつもついていませんから。私だけしか、知らないのでしょう?嬉しいです」
「当たり前だろう。僕はおまえのもので、おまえは僕のものだ」
「はい、そうでしたね」
「……だから、もう一秒だって僕の傍を離れるな、セバスチャン」
「イエス、マイロード」

 私だけを見つめる瞳も、あまく私を呼ぶ声も、とけてしまいそうに高い体温も。今、愛しさをかたちにしたすべてがこの腕のなかにある。

 そのことを意識するだけで、離れ離れになっていた期間が埋まってゆくような気がした。

「――ん、ぁ」
「坊ちゃん、もう一度……だめですか?」

 返事を聞いて嬉しそうにふにゃりと笑う恋人が可愛くて、果てた筈の自身がまたちからを取り戻してしまう。

 これ以上すると明日に響いてしまうかもしれないとは思ったけれど、内側で大きくなる質量に気付いて少し困ったように笑う恋人がそれを受け入れるようにキスをしてくれたから。もう少しだけと決めて、ふたりでもう一度ベッドへと沈み込んだ。






改定履歴*
20110715 新規作成
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