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1.いつか罪に呑まれても

 あの日、僕は尊い犠牲と引き換えに、自分だけの悪魔を喚び出した。強大なちからを持った悪魔を従えるための代償は、――僕の魂。

 『僕が目的を果たすまで僕のちからとなり僕を殺さず守り抜くこと』
 僕がそう決めた契約を、おまえは忠実に守ってくれた。契約を果たすまで随分時間は掛かってしまったけれど、僕は、その契約内容をちゃんと覚えている。おまえだって、覚えているのだろう?

 なのになぜ、どうして、僕をそのまま生かしておくんだ。空腹で死にそうなくせに、どうして僕を食べない?

『坊ちゃんを食べてしまったら、もうこうやって抱き合えなくなるでしょう?』

 目的を果たしてから屋敷に戻り、これで僕の人生も終わりかと覚悟を決めた僕に悪魔は笑いながらそう言って髪を撫でた。そのときは嬉しかったけれど、……おまえがこんな風になるなんて聞いてない。

 細いわりに力強い腕で僕を抱き上げベッドへ連れていってくれていた執事は、ある日突然、本当に突然電池が切れたみたいに倒れてしまった。すぐに意識は取り戻したものの、それからはずっと床に伏したまま。

「貴方を抱いて馬車までお連れするのが私の役目なのに、困りましたね」

 傍を離れたくなくて本社への出張を嫌がる僕に、悪魔はそう言って困ったように笑う。目に見えて弱っているくせにそんな風に笑うな。僕の手を握り返す力もないくせに。ばか。ばか悪魔。
 僕だって、おまえと離れるのは嫌だ。
 復讐も何もかもおまえのこと以外全て忘れてずっと一緒に居られたらと、ばかみたいに夢見たこともある。だけど、そんなことはやっぱりできないから。僕は自分の為に、目的を果たしたんだ。

 だから、ここで生が終わるとしても僕は満足なんだ。なぁ、魂はおまえにくれてやると言っただろう?だからたべて、僕の魂をたべてよ、セバスチャン



****

 あの日交わした契約の、坊ちゃんの望みを果たしてからもう何日経つだろうか。後は魂を頂くだけというのに、私は未だにそれを実行できずにいた。

 悪魔は、契約を履行し主の魂を食べるまで他の魂のつまみ食いはできない。今までは魂の代わりにキスをしたり抱き合ったり、それでどうにか身体を保ってきた。けれどいい加減に、それも限界のようだ。もう身体すら満足に動かせない。

 ずっと魂をたべなければこうなることくらい、わかっていた。それが嫌なら、契約完了と同時に躊躇うことなく魂を奪うべきだったのだ。

 今からでも遅くはない、ベッドの傍らで泣きそうな顔をして自分の手を握っている脆弱なこの人間の手をひいて魂を食べるくらいの力はまだこの手に残っている。

「セバスチャン、辛いか……?」
「……いいえ、平気ですよ、坊ちゃん」
「うそだ、だって僕の手を握り返してくれない」
「申し訳ありません、すこし気を抜いてしまっていました」
「もう、嘘、つかなくていいから。早く僕の魂を食べろ」
「――できません。それだけは」

 けれど、そんなことはできない。たとえこの身が消失してしまってもそれだけは。だってもう、こんなにも好きになってしまった。

 このご主人様と過ごした日々は、永い永い悪魔の生からすると、ほんの一瞬のはずなのだ。けれど、あまりに色々なことがありすぎて――もうずっと昔から、自分はこのご主人様と生きてきたような錯覚すら覚える。

 正直、ほんの暇つぶし程度にしか思っていなかった人間風情に、ここまで自分が特別な感情を抱くとは欠片も思っていなかった。

「おまえが辛そうにしているのを見るのはいやだ」
「私もです、坊ちゃん。そんな悲しそうな顔をしないで、いつものように笑ってみせて」
「できない、おまえがこんななのに」
「嗚呼、泣かないでください。綺麗な目元が腫れてしまいますよ。
 起き上がれるのならば貴方の大好きなスイーツを作って差し上げますのに」
「いらない、いらない、そんなの」

 深い蒼の瞳と、自分の契約印の入った紫の瞳。このコントラストはあの日以来、自分だけが見れる宝物だった。主人の凛とした雰囲気によく合うそれを見るたびに、人知れず満足したものだ。

 けれど今は、そのきれいなふたつの瞳から零れ落ちるいくつもの大粒の涙が頬を伝う。普段は必死に大人ぶって感情を見せることのない主人に、こんな顔をさせているのが自分だという事実にひどく胸が痛んだ。

「スイーツも紅茶もいらない、おまえが元気になってくれればそれでいい」
「私も、貴方をもう一度抱き上げて差し上げたいです。貴方の涙が止まるまで、ずっと抱きしめて甘やかしていたい」
「だったら……っ早く僕を食べろ、それでおまえは元気になるんだろう?」
「それでは、貴方がいなくなってしまいます」
「はじめからそういう契約のはずだ! だから……」
「貴方の居ない世界なんて、私にとってなんの意味もないんです」




『契約した人間に恋をする』

 確かに、それは悪魔にとって禁忌だと聞いたことがある。まさかそれを自分が破ることになるなんて、思ったこともなかったが。

 けれど、後悔はない。

――いつか罪に呑まれても、構わない。

 はじめて貴方を抱いた時に、そう、心から思えたから。






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20110709 新規作成
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