あくまで怪我人ですから -3-
「坊ちゃん、失礼致します」
「!!!な、なんだタナカ」
「ランチをお持ち致しました」
上ずった声で返事をしながら慌ててベッドを降りて前室へと向かう、
今にもこけてしまいそうな主人の背中をくすくす笑いながら見送ってしばらくの後、
シエルはふたり分の食事の載ったワゴンを押して寝室へと戻ってきた。
「…笑うな」
「も、申し訳ありません」
「慣れてないんだから仕方ないだろう」
大きなワゴンを慎重に押すその姿に、セバスチャンはまた頬が緩むのを堪えることができなかった。
そんな執事の様子を見て、こころなしか頬を膨らます仕草も、拗ねたような声も。
一生懸命に自分を看病してくれているシエルの全てがとても嬉しかったから。
「…できた!」
「さすが坊ちゃん、完璧です」
「からかうな。よし、いただきます」
たどたどしい手つきで紅茶をカップに注ぎ、サンドウィッチに添えて。
うまくセッティングができたと満足気なシエルに、セバスチャンはひとつお願いをしてみることにした。
「坊ちゃん、お願いがあるのですが」
「…?何だ、言ってみろ」
「おひるごはん、あーんして食べさせてください」
「な、甘えるな馬鹿!」
「左手が痛くて…お願いします。ねぇ坊ちゃん」
目線を合わせて、ひくくて甘い声で囁くように。
シエルの性格を知り尽くしているセバスチャンにとって、
シエルをその気にさせることくらい簡単だった。
思ったとおり、シエルは照れくさそうにしながらもサンドウィッチを手に取り、口元へと近づけてくる。
「おいしいです」
「味などわからないくせに」
「貴方が食べさせてくれたものならば、全ておいしく感じるのですよ」
「ばかあくま」
ひとくち食べたところで、ベッド横のソファに座ったままだと食べにくそうだと思ったのだろうか、
ご丁寧にもベッドに上り、先程と同じように膝に跨って、もう一度。
最後のひとかけらを食べる時、戯れに指をぺろりと舐めあげてみれば面白いように顔がまっかになる。
「坊ちゃんがたべさせてくれたおかげで元気になりそうです」
「ちょ、セバ…近い近い!」
「それはもちろん、抱き寄せていますから。ほら…ここは一足先に元気になりましたよ」
「!やっ、ばか、擦りつけんな!」
どうにも我慢が効かなくなった悪魔は、右手ひとつで抱き寄せたからだに
自身の大きく固くなったものをぐりぐりと押し付けてみた。
折りしもここはベッドの上で、腕の中にはいつもより優しい、自分の恋人。
もういっそこのまま、ランチついでにこの可愛らしいご主人様も
食べてしまおうかと企んだ悪魔だったが――…
「いた!痛いです坊ちゃん怪我人を叩くのはダメです」
「うるさい変態!怪我人なら余計なことに体力使わずにじっと寝てろ!」
お約束の通り枕元の時計で思い切り殴られて、大人しくベッドに沈むことになるのだった。
改定履歴*
20110608 新規作成
悪魔って左利きだっけ…とか言っちゃダメです。気にしちゃダメです。
でも正直どっちかよくわかんないですよね。
気になってコミックス読み返したけど私的に結果は両利きでした。
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