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あくまで怪我人ですから -1-

ふわりと香る微かな薔薇のにおいと、目を閉じていても解るいとしい体温。
それがそっと額に触れた感覚に誘われるように、ゆっくりと意識が浮上してきた。
深く深く、眠っていたような気がする。こんなにぐっすりと眠ったのは何時ぶりだろうか。


****
「――そういう訳で、セバスチャンはしばらく僕の部屋で休ませるから」
「承知致しました。目が覚めたようでしたらお呼びください。軽い食事をお持ち致しましょう」
「ん、ありがとうタナカ。あいつが居ない間、屋敷をよろしく頼んだぞ」
「はい、では、失礼致します」

開け放したままの寝室の扉の向こうから、幾分声のトーンを落としたふたり分の声が
セバスチャンの耳に届く。ファントムハイヴ家家令のタナカと、当主であるシエルのものだ。
そっと扉の閉まる音が聞こえて、聞きなれた足音がこちらに向かってきて。
寝起きでぼやける視界の奥で、寝室の入り口に現れたのは、ちいさな主人だった。

「セバスチャン、起きたのか」
「坊ちゃん、申し訳ありません。執事が主人のベッドで寝過ごすなど」
「僕がここに寝ろと言ったんだから構わないだろう。もう少し寝てろ」

ようやく状況を把握したセバスチャンが慌てて起きようとしても、うまくからだが動かない。
シエルはそれを見透かしたようにすこし笑うと、ベッドへとゆっくり腰掛けた。

「具合はどうだ?」
「もう平気です。申し訳ありません、すぐに支度を」
「僕は着替えも朝食も済ませたぞ」
「では、昼食の準備を…」
「何度も言わせるな。いいから寝てろ」



****
ふたりが普段とは全く違う朝を迎えたのには、訳があった。
女王の番犬としてロンドンに赴いたシエルとその執事であるセバスチャンは、
なんとか役目を終え昨日の夜半過ぎに本邸へと帰宅した。
そこまでは特段めずらしくもないことなのだが――、問題は、執事の体調。

いつもと違ってネクタイをしていない白のシャツから覗くのは、左の鎖骨と肩を覆う包帯。
右足首にも固定するようしっかりと包帯が巻かれており、スラックスの黒とのコントラストが
ひどく印象深く目に映る。それから、整った端正な顔立ちにもひとすじの切り傷があった。

これらは全て、今回の仕事で主人であるシエルを守った際に負ったものだ。
普段は怪我などするはずもないセバスチャンだったが、今回は相手が悪かった。
本来のターゲットだけであれば楽に片付いたのだが、どういうことかそこに居合わせた
天敵であるふたりの死神とも一戦交えることになってしまった。いくら悪魔といえども、
彼ら相手にシエルを守りながら応戦するのはなかなかにつらいものがあるのだ。

まともにあたれば魂の消滅すらありえるデスサイズを左肩に受けても、
脚をその刃で傷つけられても、セバスチャンはシエルを守り抜いた。
ふたりの間には、契約だけでなく確かな絆がうまれていたから。

「坊ちゃん?」
「……あったかい」
「は、」
「悪魔でも、怪我をすれば熱が出るんだな」

しばらくベッドに座って、からだを起こせずにいる悪魔の顔を眺めていたシエルだったが、
慣れない手つきで靴の紐を解くと、おもむろにジャケットを脱いでベッドの中へと潜り込んできた。
そうして、事態を飲み込めずにいるセバスチャンの傷に障らないようそっと抱きつき、頬を摺り寄せるのだ。
まるで、迷子の仔猫がようやく会えた飼い主のあたたかな体温を求めるように。

「そうみたいですね。私もすっかり忘れていました」
「怪我をするのは久しぶりか?」
「今まで、守るものなど貴方以外にありませんでしたから」
「契約だからな」
「契約などなくても、私は貴方に怪我ひとつさせませんよ。大事な恋人ですから」
「…ばか」
「はい。馬鹿ですね…」

いくら物音を立てても起きないくらいに深く眠りに落ちていたセバスチャンが目を覚ましたことで、
緊張の糸が解けたのだろう。シエルの声は、少し泣きそうなように頼りないものだった。
掛布に潜り込んで抱きついているのは、きっと涙が滲むのを見られたくないから。

普段は『ファントムハイヴ伯爵』として背伸びしているシエルの、自分にしか見せてくれない一面が
ひどく愛しくて、セバスチャンは自由に動く右手でやわらかな髪を繰り返し撫でる。

大人しくされるがままだったシエルがもぞもぞと掛布から顔を出し、
意を決したようにセバスチャンの頬に唇で触れる。
甘えるのが苦手な主人の精一杯の愛情表現を可愛らしく思いながら、
セバスチャンはその後頭部をゆるく引き寄せ、今度は唇へとキスをした。

「二度目ですね」
「え」
「坊ちゃんからキスをしてくださったのが、ですよ。さっき、私が寝てる間に一度、今が二度目」
「な、なんで…起きてたのか!?」
「貴方の気配は寝ていても解ります。あまくて、やわらかくて、あったかくて、おいしい」
「わぁあもういい!忘れろ!」
「無理です、坊ちゃんからキスなんて貴重ですから」

からかうように声を掛けるのは、いとしい恋人に元気になって欲しいから。
自分のことを案じてくれるのは嬉しいけれど、それよりも貴方が元気な方が嬉しいから。

セバスチャンは、顔をまっかにして照れながらも自分の傍から離れない主人の
ちいさなからだを離さないよう、ぎゅうっと抱きしめるのだった。






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20110606 新規作成
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