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悪魔の所有物 -1-

悪魔と契約を交わしたあの日から月日は流れ、シエルも16を数える頃になると、
いかに形式ばった社交界が苦手といえどもそれなりに付き合いの必要性も出てくる。
今日は、今年の社交時期になって初めてファントムハイヴ家で夜会が開かれる日だった。

ところが、きらびやかに着飾った客が上品な会話を交わす広間の何処を見ても
当主であるシエルの姿は見えず、代わりに、相変わらず人目を惹く整った顔立ちの執事が、
客向けの綺麗な笑顔を浮かべて滞りなく時間が過ぎるよう目配りをしているのみ。



「…はぁ、どこに行ったんだ」

広間、廊下、それから、彼女のために用意した客室。それらを全て見回ってもなお
見つけることのできない探し人を求めて訪れた庭園で、シエルの口からは意図せず独り言が零れる。

あと探していない場所はどこだろうか、彼女が居そうな場所は――…
そう考えながら何気なく見上げた空、漆黒の闇に映えるやけに赤い月の光が悪魔の瞳を思い出させた。

客をもてなす立場の主人が広間を留守にするなんて、きっと後でお説教が待っているのだろう。
けれど今は、それよりも夜会の席から急に姿を消した婚約者を探す事が、シエルの最優先事項だった。
いつの間にかあがっていた呼吸を整えようとひとつ深呼吸をすれば、
初夏の庭園に咲き誇る高貴な薔薇のにおいに包まれる。
その中にひとすじ香る、よく知る甘いに導かれるまま歩を進めれば、思ったとおり探し人はそこにいた。


「リジー、こんな所にいたのか」
「シエル」

驚いたように振り向くエリザベスの姿に、シエルは一瞬返事をすることができなかった。
すらりと伸びた手足、月の光を受けてきらめく、細い金色の髪。
元々人形のように愛らしい顔立ちをしていた彼女だが、最近はそれに大人っぽさも加わって、
本当にきれいに育っていたから。

「ふふっ」
「どうした、ご機嫌だな」
「うん、まさかあたしのことを探しにきてくれるなんて、思っていなかったから」
「突然いなくなった婚約者のことを心配するのは当然だろう?
 昼間ならまだしも、夜会の席で…酒の入った男もたくさんいるんだぞ」

それは、従兄妹の身を案じて、心から出た言葉だった。
彼女に何かあったら、自分を信頼して預けてくれている彼女の両親にも申し訳が立たない。
ちょっと姿が見えなくなってしまったくらいでそう心配してしまうほど、
笑顔を絶やさない明るい彼女は広間にいた客の視線を一身に受けていたから。

「シエル、…あたしのこと、ほんとに婚約者だって思ってくれてる?」
「?当然だろう。おまえは僕の従兄妹で、大切な婚約者だ」
「そんなお決まりの返事が欲しいんじゃないの」

けれど今の彼女の顔からは、広間で見せていたような太陽のように暖かい笑顔は消えていて、
今にも泣いてしまいそうな表情をみせている。声だって、いつもとは違う頼りないもの。
シエルがなんと言っていいか解らなくて返事を返せないでいると、
エリザベスはすこし俯いたまま、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「あのね、シエルのお仕事のことは、ちゃんとわかってる。
 伯爵なんだもの、婚約者より仕事を優先するのは当然よ。
 でも、シエルに会いにいくのはいつもあたしからで、好きって言うのもあたし。
 なんだか最近、それがとってもつらいの」
「…そんな風に思わせて、悪かった。今度時間を作って会いに行くから」
「ちがう、違うの。あたし、シエルを困らせたい訳じゃなくって」

ふるふると首をふって、思い切ったようにシエルの目を真正面からじっと見つめて。
次に彼女の口から問いかけられたのは、シエルのこころを見透かしたようなものだった。

「ねぇシエル、ちゃんとあたしのこと好きでいてくれてる?」

当然だ、何も心配しなくていい。…そう返すのが正解なのだろう。
けれど、シエルはそれを口にすることができなかった。
エリザベスは勿論大切な従兄妹で、婚約者。好きか嫌いかで言えば当然前者だ。
でもそれは、彼女が求めている『好き』と違うことは、痛いほどわかっていたから。

シエルが僅かに見せた心の揺らぎを感じ取ったらしいエリザベスは、
宝石のように綺麗な大きな瞳にいっぱいの涙を湛えて俯いてしまった。
いつもは明るい彼女が見せる弱い部分に、シエルの胸がずきんと痛む。
思わず口から出てしまう言葉を止めることができない。たとえそれが、その場凌ぎのものだったとしても。

「リジー、僕はリジーのことが好きだ。だからそんなに悲しそうな顔をするな」
「言葉だけじゃ不安になるの、ごめんなさいシエル、ごめん、困らせて」
「謝らなくていいんだ、おまえが安心するためなら、何でもする。
 どうしたらいい?おまえに泣かれるのがいちばんつらい」
「――っ、じゃあ、じゃあ…あたしがシエルのものだってこと、実感させて」


契約と引き換えに悪魔に魂を売り渡した自分には、彼女の望む夢を叶えられない。
あたたかい家庭も永遠の愛も、どう頑張っても彼女に与えてあげることはできない。
そんなことはわかりきっているけど。

けれど、自分のことを全力で愛してくれるこの少女が悲しむのをどうにか慰めたくて。
シエルは、エリザベスの頬に手を添え、初めて『恋人』として、唇へとキスをした。






改定履歴*
20110522 新規作成
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