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4.彼の日常僕の日常

その日の夜、いつもの家庭教師の時間になってもセバスチャンがシエルの家を訪れることはなかった。
嫌いだ、来るなと言って返事も聞かず立ち去ったのだ、来ないのが当たり前だということは解っている。
ぽっかりと空いた時間を持て余したシエルの頭を占めていたのは、やはり彼のこと。

――教育実習ということは、先生になりたいのだろうか。
あいつは見た目もいいし優しいから、きっと誰も放っておかない人気の先生になる。
休み時間だって、今日のように生徒が準備室へと押しかけてきて、質問とかされるんだろう。
そうしたらきっとあいつは丁寧に答えるんだ。
…いつも自分に教えてくれているようなあの優しい声で、僕以外の生徒に。

そう思うと、自分だけの兄のような存在を他人に盗られるようで何だかおもしろくない。
セバスチャンはただの幼馴染で家庭教師で、それ以上の関係なんてないんだから、
こんな想いを抱くこと自体おかしいのだといくら自分に言い聞かせても気分は晴れることはなく、
シエルはその日、いつまでも眠れずにベッドの中で寝返りを繰り返す羽目になるのだった。



「…はぁ」

寝不足のまま迎えた次の日、偶然にも数学の授業はなく、
シエルはセバスチャンと顔を合わせないまま放課後を迎えた。
部活へ行く者や友達同士一緒に帰ろうとする者でざわつく教室の中、
シエルの表情だけがいつもより暗く、思わずため息までついてしまう始末。

「シエル?ため息なんてついて、どうしたの?」
「リジー」
「大丈夫?体調が悪いとか…?あっ、風邪?お迎えは呼んだ?」
「いや、ちょっと考え事してただけだ、ありがとう」
「ううん、シエルが元気ならいいの!」

そう言って明るく笑いかけてくれる従兄妹の姿に、暗く沈んだ気持ちがすこしだけ上向いた気がした。
…この従兄妹の明るく素直なところが、10分の1でも自分に備わっていたら。
とっくに仲直りできていたんだろうか。いや、そもそもこんな事態に陥ることはなかったのではないか。
そう思うと、自分の頑固さや可愛げのなさがつくづく嫌になってくる。

シエルにだって解っていたのだ。昨日のアレは、ケンカというにはあまりに一方的だということくらい。
この学校にいる間はセバスチャンは教師なのだから、生徒の質問に答えるのも、業務のうち。
彼には彼の日常があるのだから、僕にばかり構っていられなくて当然だって、解っている。
自分の日常を押し通そうと場所も相手の立場も考えずに彼を名前で呼んで、
それを注意されて勝手に怒って帰って…あまりに子供っぽい行動に、自分でも呆れてしまう。

「ねぇシエル、久しぶりに一緒に帰ろうよ!可愛いカフェがあるの、一緒に…」
「…悪いリジー、先に帰っててくれ」
「え?あ、シエル!」

シエルは、かたん、と音をさせて椅子から立ち上がると、鞄を掴んで
自分を呼ぶ従兄妹もそのままに真っ直ぐに通いなれた廊下をある部屋へと向かった。
もちろん、セバスチャンと仲直りをするために。



階段を駆け下り深呼吸をしてドアをノックすれば、いつものように足音が近づいてくる。
シエルは昨日のように、すこし上を見て待つことができなかった。
けれど、視線の先に映ったのは、漆黒のおおきな革靴。
見間違いなどしない。これはたしかにセバスチャンのものだ。
はじかれたように目の前の男を見上げれば、今日一日中頭から離れなかった男が自分を見ていた。

「…今日はもう、来てくださらないのかと思っていました」

そう言って少しだけ寂しそうに笑うセバスチャンの手が、シエルの方へと伸ばされる。
ふわりと腕を引かれて部屋の中に招き入れられ、鍵が閉められる音がすると
あたたかくておおきな手のひらが白くやわらかな頬を撫で、親指がそっと目尻を拭った。
シエルはそれでようやく、自分の目に涙が浮かんでいることに気付く。

「あの、…先生、昨日は」

まさか自分が、幼馴染の顔を見るだけでこんな風になるなんて思ってもみなかった。
『昨日は、ごめん。』その一言が言いたいだけなのに、声が出ない。
つうっと頬を伝う涙の感覚に思わず目線を足元に落とすと、余計に涙が零れてしまう。
それをシャツの上に着ているすこし大きめのカーディガンの袖で
ごしごしと拭っていると、ひょいと抱きかかえられて目線を合わせられた。

「泣かせてしまいましたね」
「…ぅ、ひっく、ちが、…先生のせいじゃな…」
「いいです、いつもみたいに呼んでください」
「でも…」
「お願いします。あなたに名前を呼ばれないと、私の一日がはじまらない」

シエルを抱きかかえている腕に、きゅっと力がこもる。
恐る恐る抱かれていたシエルはそれでようやく自分も目の前の首筋に腕をまわし、
顔が見えないように抱きついて、震える声でだいすきな名前を呼んだ。

「――セバスチャン」
「はい」
「セバスチャ、セバスチャン…っ」
「シエル、きのうはごめんなさい。ひとりにしてしまって」
「なんでおまえが謝るんだ、僕が悪…」
「いいえ。貴方より大事なものなんてないのに、優先順位を間違った私が悪いのです」

何度も何度も、泣きじゃくりながら繰り返す幼馴染の名前。
それにひとつひとつ丁寧に応えてくれる耳元で響く声が嬉しくて、
背中を撫でてくれるおおきな手から与えられる温もりがやけにあたかかくて。
シエルは涙が止まるまでの十数分、セバスチャンの傍から離れられないでいた。






改定履歴*
20110518 新規作成
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