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3.先生と呼びなさい

セバスチャンのスーツと眼鏡姿にもようやく見慣れた頃、
午前中の授業が終わって教室で友達と昼食を食べ終えたシエルは、
日課のように数学準備室へと足をむけるようになっていた。
別にこれと言った用事はないけれど、セバスチャンが次の授業の準備をしていれば手伝うし、
そうでなければ他愛ない話をして過ごすふたりだけの時間が、あまりに居心地がよくて。

今日も数学準備室のドアの前に立って、いつもどおりノックをするシエルの左手には、
ふたり分のカットフルーツの入った可愛らしい包みがあった。
セバスチャンが教育実習でシエルの学校に通っているということを知った、
家政婦のメイリンが、目をきらきらさせながら持たせてくれたものだ。

…セバスチャンは、喜んでくれるだろうか。おいしいと笑いかけてくれるだろうか。
そんなことを考えていたらドアの向こうに足音が近づいてきて、シエルは思わず斜め上を見上げた。
開くドアの向こうにはいつもと同じようにセバスチャンがいて、自分を迎え入れててくれる…、
そう、思ったから。ところが、シエルの前に現れたのは、セバスチャンではなく別の女子生徒だった。

「はーい…あ、せんせー、一年生の子がきたよ!」
「ありがとうございます。ここはいいから、貴女は先程の続きを解いていてくれますか?」
「はい、先生」
「さてシエル君、こんにちは」

一瞬真っ白になってしまった頭をふるふると横にふって、シエルは改めてセバスチャンを仰ぎ見た。
学校限定でつけている眼鏡の奥、紅茶色の瞳はいつもと変わらず綺麗で、それは自分だけを映している。
その事実にすこしだけ、波立ったこころが落ち着きを取り戻す気がした。

「ごめんなさい。今日は別の生徒さんが質問に来ていて」
「う、ん」
「…また夜に、お家にお伺いします。ね?」
「わかった。セバスチャン、これ…メイリンが、おまえにって。デザート」
「嗚呼、ありがとうございます。本当は、一緒に食べられればよかったのですが」
「いいんだ、僕は別に。セバスチャンが食べたほうが、メイリンは喜ぶんじゃないのか」
「そんなことはないでしょう。今度はご一緒しましょうね」

この学校に何人生徒がいようとも、誰がセバスチャンと話をしようとも、
彼を名前で呼べるのは、自分だけ。
いちばん彼の近くにいるのは自分だということを実感したくて、
シエルは故意に『先生』ではなく『セバスチャン』と名前を呼んだ。

ここは学校で、今は教師と生徒という間柄なのだから
呼称は変えるべきだということくらい解っていたけれど、
今のシエルには、こんな幼いやり方でしか独占欲を満たすことができなかったから。

「それから、シエル君、廊下では先生と呼びなさい」
「え?」
「他の先生方や生徒さんにばれたら、色々と面倒でしょう?」

けれど、不意に唇にしなやかな人差し指をあてられて紡がれた言葉はそれを窘めるもので――…
ひとつひとつの言葉も、声も、視線だっていつもと同じ優しいものなのに、
先程までセバスチャンがあの女生徒とひとつの部屋にいたという事実が
まだうまく整理できていないシエルの胸には、その言葉が深く突き刺さってしまった。

まるで自分の存在自体が『面倒』だと言われでもしたかのように
ずきずきと胸が痛んで、返事すらもままならない。

「…シエル君?」
「――〜!もういい、馬鹿!」
「え、」
「家庭教師もいらない、もう僕のところへ来るな!おまえなんてきらいだ!」
「…っ、待…」

様子がおかしいシエルにセバスチャンが慌てて声を掛けてみてももう遅くて、
廊下を走ってゆく後姿はどんどん小さくなっていってしまい、
残されたセバスチャンはちいさくため息をつくのだった。






改定履歴*
20110517 新規作成
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