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2.今だけは問題児で

セバスチャンがシエルのクラスに教育実習生として就任してから、3日が経ったある日のこと。
シエルは、6時間目の数学の授業に姿を現さなかった。
彼の従兄妹で、自分も顔見知りであるエリザベスに聞いてみても、知らないという。
気分が悪くて保健室にでもいるのだろうか。或いは、早退したのか。結局、授業が終わるまで
シエルは教室に来ることはなく、心配になったセバスチャンは保健室へ様子を見に行ったのだ。

「失礼します。――シエル君、いますか?」

けれど姿は見当たらず、保健室の利用者記録を見ても彼の名前は載っていない。
授業の終わりに確認したとき、鞄はたしかに教室にあった。
だから、絶対に学内にいるはずなのに…彼はどこに行ってしまったのだろう。

セバスチャンはあるひとつの可能性を見落としてしまっていたことに気がついて、
図書館へと足を向けた。伝統あるこの私立の学園は、図書館がやたらと広くて綺麗。
静かで空調も効いているし、授業をサボるにはうってつけの場所なのだ。

予想通り、いちばん利用者の少ない2階の角の席、そこに探し人はいた。

「…こら、シエル」

下校時刻が過ぎてまわりに人がいないのをいいことに、
セバスチャンはシエルの小さな耳たぶを悪戯に指でなぞりながらそう声を掛けた。
途端にぴくんと震える細身のからだに、自然と口角が上がる。

「こんなところにいたんですか」
「セバスチャ…え、な、何で」
「探しました。授業に来てくれなかったから」

いつもよりすこし目を細めて声のトーンを落としてみるだけで、簡単に寂しそうな雰囲気は作れる。
それを実践したセバスチャンの思惑通り、シエルは驚いたように跳ね起きた後、
自分を起こした相手の表情を見るなり申し訳なさそうな表情を見せた。
その素直さがかわいくて、思わず笑ってしまいそうになったけれど、ぐっと我慢。
見た感じ体調が悪いということはなさそうだし、授業をさぼったシエルへのお仕置きだ。

「シエル、どうして来てくれなかったんです?」
「どうしてって、それは…」
「私の授業なんて聞く価値ないと?」
「違…っ、大体おまえの授業、家ではちゃんと聞いてるだろ」
「では何故?おしえてください」

閉じ込めるように机に手をつき、空いた片手でどんどん赤くそまってゆく耳たぶを撫でながら
囁くように問いかけられる言葉に、シエルは思わず紅茶色の瞳から思わず目線を逸らしてしまった。
セバスチャンが不思議そうに自分の名を呼ぶ声にも、顔を上げることすら叶わない。

いつも、こうなんだ。学校で、スーツ姿のセバスチャンに見つめられると、僕はおかしくなる。
心臓がどきどき高鳴って、顔も耳も指先までもが熱くなるような感覚。
周りにクラスメイトがいる教室では、この鼓動の音が聞こえてしまいそうでこわくて…
こんな理由、本人に言える訳ないじゃないか。

シエルがこころの中のそんな気持ちを口にすることができず俯いていると、
セバスチャンは困ったようにちいさなため息をつき、すっと跪いてシエルと目線を合わせてきた。
先程までの困ったような表情ではなく、今度は優しい、慈しむような表情で。

「どうしたんです。言いにくいことですか?」
「…ツ」
「え?」
「おまえが、スーツとか着るから」
「…スーツ、ですか?」
「眼鏡もだ」

顔をまっかにして、それでも気丈に目線を逸らさないシエルの口から紡がれる理由に、
セバスチャンはとうとう、頬がゆるむのを我慢することができなかった。
まさかスーツと眼鏡を身につけるだけで、こんなにも可愛らしい反応を返してくれるだなんて。
いつも背伸びしているシエルの思いがけない年相応な部分が、やけに愛しく思えた。

「では、今日はこの格好でシエルのお部屋にお邪魔します。
 ふたりだけのお部屋でいっぱい見て、慣れてください」
「…ん」
「そうしてもう授業をさぼるなんてやめてくださいね?
 貴方がいちばん前の席にいないと、寂しいです」
「わかった、約束…する」

シエルは小さな声でそういうと、右手の小指を立たせてセバスチャンへと差し出してきた。
その小さく細い指に、すらりと伸びたしなやかなオトナの小指が絡んで、きゅっと力がこめられる。
どちらからともなく目線をあわせて、ふわりと笑って、ゆっくり離れてゆく小指たち。
これはちいさな頃からの癖だ。セバスチャンとシエル、ふたりの約束の儀式。
今まで、こうやって小指を絡めて誓った約束事が破られることはなかった。

――だから、きっと明日には、いつもの僕に戻っているから。今だけは問題児でいさせて。






改定履歴*
20110515 新規作成
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