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1.たったの二週間

「はじめまして、セバスチャン・ミカエリスと言います。二週間という短い間ですが、皆さんどうぞよろしく。」

そんなありふれた挨拶を聞いた途端、シエルは驚きのあまり
危うくいちばん前の席で大声を上げてしまうところだった。
人好きのする綺麗な笑顔で教壇に立っているのは、よく見知った顔。
毎日のように自分に家庭教師とし勉強を教えてにきてくれている、幼馴染その人だったのだから。



「シエル?シーエールーぅ」
「…あ、あぁ、リジー」
「シエルってば、あたしの話聞いてる?」
「え、あ?」
「もー!ぼんやりしてるんだから!ね、セバスチャンのこと、驚いたね!シエルは聞いてた?」
「いや、…何も」
「そっかぁー。あ、シエル、先生が呼んでたよ!それを伝えようと思ってきたの」
「わかった、ありがとうリジー」
「数学準備室ね。いってらっしゃーい」

同じクラスの従兄妹が明るく見送ってくれる声に軽く手を振って、
シエルは目的の教室までの近くも遠くもない距離を歩き始めた。
昼休みで賑わう廊下で、ふと浮かんでくるのは朝のHRで自己紹介をした彼のこと。

今日から教育実習生が来るというのは、前々からクラスの噂だった。
担当教諭もそう言っていたし、シエルも勿論知っている。
でもまさか、それがセバスチャンだとは夢にも思っていなかったし、
昼休みの今でも実は見間違いだったかもとか、そういう考えすら浮かんでくる始末。

けれどあの身長に整った顔立ち、そうそういる人材ではない。
自己紹介する声のひとつをとってみても、セバスチャン本人であることは間違いなかった。

教壇に立っていた彼はシエルを見ても驚きの表情ひとつ見せず涼しげに微笑んでみせただけで、
きっとあの様子からすると、セバスチャン本人はこのことを知っていたんだろう。
でも昨日も自分の家で数学を教えてくれたセバスチャンは、ひとこともそんなこと言っていなかった。
何で内緒にする必要があるんだ?

「こんにちは、シエル」
「っ!わぁあ」
「おや、危ないですよ。足元をよく見て」
「だ、誰のせいだと…」

のこり二段の階段を降りるところで、不意に耳元で聞こえた声。
それはやはり、自分の幼馴染で兄のような存在であるセバスチャンのものだった。
あまりの驚きに足を滑らせ、階段から落ちそうになった自分を支えてくれる腕も、
にこりと自分に微笑みかけてくれるその表情も。すべてが、自分の知っている彼のもの。

「さぁ、お手伝いにきてくれたのでしょう?こちらへ」
「え、あ…うん。先生って、おまえだったのか」
「私も、指導教諭から頼まれたのですよ。まさかシエルがきてくれるとは思いませんでしたが」
「…今日は日直だったから、たまたまだ」
「そうでしたか。でも、初日からゆっくりお話できそうで嬉しいです」
「いつも話してるのに、変なやつ」
「だってここは貴方の部屋ではなく、学校でしょう?新鮮ですね」

他愛ない話をしながら、ごく自然に手をひかれて準備室までのあと数メートルの距離を歩いた。
扉を開ける音にふとここが学校だということを意識してしまい、
教師と生徒という間柄にしては近すぎる距離にシエルの頬がかぁっと赤く染まる。

頼まれ事だというプリントの準備をする間も、シエルはどこかそわそわして気持ちが落ち着くことはなかった。
ここにいるのはたしかに昨日自分の部屋にいた幼馴染だというのに、
スーツを着てメガネをつけているだけでまるで別人のような気がする。

「…シエル」
「何」
「黙っていたこと、怒ってます?」
「え、」
「ほら、ここ。眉間にシワがよってる」
「っ!!」

前置きなしにふたりの距離がぐっと近づいて、セバスチャンの長い指がシエルの眉間に触れて。
驚いたシエルは丸い瞳をもっと丸く見開いて、慌てて後ずさりをした。

「お、怒ってない怒ってない!!」
「本当ですか?」
「ほんとだって!ただ…」
「では、すこしは驚いてくれました?」
「驚くに決まっているだろう!きのうは教育実習のことなんて、何も言ってなかったのに」
「――では、私の作戦成功ですかね」
「なんの作戦だ…」
「それは勿論、貴方の驚く顔が見てみたかった。それだけですよ」

驚かせたかった、だけ。セバスチャンがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
シエルはなんだか、こんなに動揺しているのが自分だけだと思うと
くやしくて恥ずかしくて、きゅっと目を瞑り高鳴る鼓動を落ち着かせようと試みる。
それを見たセバスチャンの、抑え切れなかったくすくすという笑い声も、今のシエルには届かない。

「二週間、よろしくお願いしますね。『シエル君』」
「…ん。セバスチャン『先生』」

そっと頭を撫でながら掛けられる先生としての言葉に、
シエルは精一杯の冷静な声で返事をするのだった。


たったの二週間、期間限定。

いつもの幼馴染とはすこし違う教師と生徒という関係で、
ふたりの距離がどこまで変わるのか、それとも変わらないのか――…







改定履歴*
20110514 新規作成
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