2.嫌なら「命令」すればいいでしょう?
シエルのなめらかな白い頬を、手袋をしたままの手が滑る。
着替えのときとも風呂の時とも違う優しい手つきでゆっくりと愛しむように頬を撫でた後、
その手はそのまま、するりと眼帯をとりはらってしまった。
普段は隠されている右の瞳へ光が入り、ちり、と痛んだ気がした。
「さぁ、しっかり私を見てください」
「セバスチャン…なに」
「今から貴方を抱くのは誰なのか、しっかりこの目で見て、覚えていて欲しいのです」
――今、セバスチャンは、何て言った?
耳に入ってきた言葉が理解できなくて、当然、それに対する答えも見つからない。
身動きすらできずに硬直してしまっているシエルのからだを、
大きな手と舌がゆっくりゆっくり、下へと辿っていった。
見開かれたままの目の傍へとキスを落とし、そのまま耳たぶと首筋をなぞるように。
シャツのボタンを外しながらピアスごと耳を甘噛みしてみれば、自然と白い喉が晒け出される。
幼いからだはまだ変声期すら迎えておらず、喉仏もない真っ白なそこへ緩く歯を立てると、
あかく色づいた唇からは抑え切れなかった高い声が零れ落ちてゆく。
押し返すというよりは縋りついていると表現したほうが合っている燕尾服を掴んだ手は
指先までもがほんのりと色づいていて、その隠し切れない変化に悪魔が口角を上げた。
一気に肌蹴させたシャツに隠されていた胸の飾りに唇を寄せ、
戯れにぺろりと舌先で舐め上げてみれば、それに反応して細腰が誘うように揺れる。
涙目で自分を見上げるその表情は、年齢に似つかわしくない色気を孕んでいた。
「んっあ、…や」
愛撫の手と唇が胸の飾りから臍のあたりに移動すると、
それを辞めさせようとしているのだろう、震える細い指が悪魔の漆黒の髪を梳くようにかき混ぜる。
だがその些細な抵抗など当然ながら何の意味もなく、むしろ悪魔を喜ばせるだけ。
しばらくするとセバスチャンは邪魔なハーフパンツを脱がそうと上半身を起こして手を掛け、
それが意味する行為を察知して慌てたシエルは必死に拒否の言葉を口にした。
「や、だ、嫌だ、セバスチャン」
「嫌なら、『命令』すればいいでしょう?」
「めいれい…?」
「簡単です。この紫の瞳に刻まれた契約印を見せて、ひとこと。『命令だ、下がれ』と」
そう、言えばいいのだ。手本なら今しがた執事が見せてくれたではないか。
あの台詞をそっくりそのまま、言ってしまえばいい。
そうすれば契約に縛られたセバスチャンは、これ以上シエルに触れることなどできないのだから。
そんなの、解ってる。わかってる、のに――…
シエルの口から出たのは、それとは違う言葉だった。
改定履歴*
20110409 新規作成
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