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うそつき。

「…あ、リボンが解けた」
「嗚呼、お貸しください」
「ん」

主人がくっと顎をあげると、執事の手袋をした長くしなやかな指先が
その喉元でするするとリボンを結っていく。
結び目はあっというまに完成し、役目を終えた手のひらは名残惜しそうに
ちいさな頭を一度だけそっと撫でて、戻っていった。

「坊ちゃんも、リボンくらいご自分で結えるようになりませんとね」
「お前がいるのだから、いいだろう」
「私がずっとお傍に居れたらいいのですが…そうもいかないのです」
「?何馬鹿なこと言ってるんだ。お前頼まなくてもずっといるだろう。
 昨日だって、風呂が終わって僕がベッドに入って寝ると言ってるのにも関わらず
 延々枕元で怪しげな子守唄らしきものを唄っていたのはどこのどいつだ」
「ええ、坊ちゃんのあまりの可愛らしさについ離れることができませんでした。
 悪魔は本来睡眠を摂る必要はありませんし、嗜好品として睡眠を摂るくらいなら
 ずっと起きていて坊ちゃんの寝顔を眺めていたほうがよっぽどおいしいです」
「おいしいとか言うな気持ち悪い」
「申し訳ありません。今日でおしまいなのでお許しください、坊ちゃん」
「?さっきから何を言ってるんだ?」
「今日で、おしまいなのです」
「…何が、だ?」

繰り返される言葉と、いつもとは違う悪魔の表情に、シエルの顔が曇る。
確認のためにと問いかけた言葉は、気のせいか少し震えていた。


「そうですね…死神の世界には死神派遣協会があるのはご存知ですね?
 あれと似たような機関が、悪魔の世界にもあるのです。
 私たち悪魔は協会から場所やご主人様を割り振られてこちらの世界にくるのですよ。
 そして…契約期間も、決まっているのです」

セバスチャンの口から静かにゆっくりと語られる、今まで聞いたことのなかった真実。
シエルはそれを、どこか現実感の無いような気持ちで聞いていた。
できるだけ解りやすく説明されているはずの言葉が、上滑りして消えてゆく。

「契約期間…?」

縋るような思いで紅茶色の目を見つめて気になった言葉をやっと問いかけると、
悪魔は残念そうな悲しそうな表情をして、シエルが一番恐れていた言葉を口にした。


「今日がその、契約満了日です」


――今、セバスチャンは何て言った?
契約満了日って、それはつまり。

「貴方との契約は、期間内に執行できませんでしたので無効になります。
 …もう貴方は、私との契約に縛られず好きなだけ生きていいのですよ」
「そ、そんなの!聞いてないぞ」
「はい…まさか坊ちゃんの目的を果たすのにこんなに時間が掛かるとは、
 契約時には思ってもおりませんでしたので。言い忘れておりました」
「言い忘れってそんな」
「申し訳ございません、坊ちゃん」

悪魔の整った顔でもひときわ目を惹く、紅茶色の瞳。
切れ長のそれを寂しそうにすっと細めて見つめられれば、
シエルはそれから目を逸らすことができなかった。
いやだ、きっとこの後この執事の口から紡がれるのは、
僕を喜ばせるような内容ではない。そう、解っているのに。
まるでからだが固まってしまったかのように耳を塞ぐこともできない。

「…ほんとうは、もっと、お傍に居たかった。唯一無二の貴方の執事として、ずっと傍に。
 外敵に足を掬われないようその体を抱えあげ、雨が降れば濡れないようにコートで包むように、
 貴方のことをお護りしたかったです。――いつか貴方の生が終わるまで、ずっと。」

いつもと同じ、やわらかくてあまい声なのに、どこか寂しく響く悪魔の声。
髪をゆっくりと撫でる手袋越しの体温が、ひやりと冷たく感じられた。

「…魂をたべるまで、の間違いじゃないのか」
「嗚呼、そうでしたね」

まるで季節はずれの雪のようにふわふわと静かに降ってくる言葉を一生懸命消化して、
やっと口から出た声はちいさくて細くて、まるで自分の声ではないようにシエルの耳に響いた。
それを聞いて困ったように笑う執事の声に誘われて、
少年らしいほっそりとした手が、目の前にある漆黒の燕尾服の裾を掴む。

「ほんとに、行くのか」
「ええ」
「もう還ってこないのか」
「…残念ながら」
「――そうか」

ふたりが黙っていた時間は、きっと一瞬だったのだろう。
けれど、シエルには、それが数分にも数十分にも思えた。
喉がからからで、言葉がでてこない。そのくせ目にはかってに涙が溜まってきて、
それを見られたくなくて、思わず下を向いて隠した。

「お寂しいですか?」
「うるさいのが居なくなってせいせいする」
「そうですか」
「セバスチャン」
「はい」
「おまえ、が 居なくなったら」
「はい」
「だれが僕の紅茶を淹れる?スイーツを作る?…リボンが解けたらどうしたらいい」
「嗚呼、それはタナカさんやメイリン達にしっかりと引継ぎしておりますから大丈夫ですよ」
「…風呂は?」
「それも、タナカさんに」
「じゃあ、夜中さみしくなったらどうすればいいんだ」
「え」
「寂しくて眠れなかったら、誰が僕に添い寝するんだ、誰が僕を抱きしめるんだ?
 僕のベッドに入れるのは、おまえだけなのに」
「…」
「いやだ」
「坊ちゃん」
「いやだ、嫌…契約がないと、――おまえと一緒に居られないのか…?」

今にも泣き出しそうな、…いや、大粒の涙といっしょに零れ落ちた、シエルの可愛い本音。
主人のきもちが嬉しくて、セバスチャンはその幼いからだをぎゅうっと抱きしめ、
普段よりも赤く染まっている頬や唇に幾度もキスを落とした。
細い腕が自分の背にまわされてきゅっと燕尾服を掴む愛しい感覚に、頭の芯がくらりとゆらめく。





「坊ちゃん可愛いですだいすきです絶対離しませんし離れません!!
 添い寝はもちろん、お風呂も紅茶もスイーツも、
 全部全部私がきちんとやって差し上げますからね!!
 坊ちゃんの執事はこの私以外にありえませんから!!!」
「で、でも…今日で、契約終了って」
「坊ちゃん今日は4月1日です」
「…は?」
「エイプリルフール、嘘をついてもよいとされている日なのです。
 どのような嘘にするか考えに考えたのですが、やはりというかなんというか、
 折角なのでこの機会を利用してちょっと坊ちゃんからの愛情の確認をさせていただきました。
 結果としては大成功です!
 もう私、坊ちゃんの愛だけで100年だって1000年だって生きていけそうですよ!!
 …あれ?坊ちゃん?あ、もしかしてエイプリルフールご存知なかったですか?」

一通り喋り終えた後で、一向に返事のないシエルを不思議に思ったのだろう。
セバスチャンは長身を屈めてシエルの顔を覗き込み、目の前で手をひらひらと振ってみせる。
しばらくの間の後、シエルの口からでてきたのは先程までの甘えるような声とは随分違う声だった。

「帰れ」
「いえいえ、ですから契約期間なんてないですよ!ていうか悪魔協会すらありませんし」
「帰れと言っている」
「坊ちゃん?坊ちゃん、怒ったら駄目です、エイプリルフールなんですから!」
「知るか!!!触るな馬鹿執事!!」
「またそんなきついこと言って!
 今日は添い寝して朝までずっと撫でていて差し上げますから、ご機嫌なおしてください、ね?」
「もうおまえなんか嫌いだ!添い寝もキスももうしない!」
「!!そんな!あ、わかった今の坊ちゃん的エイプリルフールですね。大丈夫わかってます!」
「なんでおまえはそんなに無駄に前向きなんだ、変態悪魔め」
「私、随分長い時を生きてきましたので。人生を楽しむコツには慣れております」
「………」
「痛!痛いです坊ちゃん、噛み付くのは反則だとあれほど」

怒り半分、恥ずかしさ半分でぺちぺちと自分を抱えている執事の胸板を叩きながら
仕返しにそのまま首筋に思い切り噛み付いて、シエルはそのまま
温かな肩口に顔を埋めた。そうしてまるで捨て猫のように、頬を摺り寄せるのだ。

「馬鹿悪魔…ほんとうに、居なくなるのかとおもっただろ」
「申し訳ありません。…ですが、私が貴方のお傍から離れるわけがないでしょう?」
「セバスチャン、命令だ。嘘でも居なくなるなんて言うな」
「イエス、マイロード」

目線を合わせて、お互いの距離がゆっくり近づいてきて――
吐息が触れ、キス直前と言うそのときに、セバスチャンの唇に触れたのは
シエルのそれではなく、細い指先だった。
想像していたのと違うその感覚に驚いて目を丸くする執事に、
シエルは拗ねたような顔をしてぷいと顔を逸らす。

「キスはしない」
「何故です!今すごくいいところだったのに!」
「主人に嘘をついた罰だ。来年の今日までキスはしない!」
「長いです坊ちゃん!!」

それからしばらく、シエルの私室では午後の紅茶の時間になると
いつもより一層豪華なスイーツを前にご機嫌な主人と、
その主人にキスを迫っては一蹴される執事の姿がみれたのだとか。





end

改定履歴*
20110401 新規作成
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