top * 1st * karneval * 刀剣 * utapri * BlackButler * OP * memo * Records

365

やわらかな光が、薄いカーテン越しに朝を告げる。
船長室には、体を丸めて静かに寝息を立てるローと、
その貴重な寝顔をそっと見守っているキャスケットがひとり。
時折、外から波の音が聞こえるだけの静かな空間だ。

ベッド隣のテーブルには、数冊のぶ厚い本。枕元には開いたままの医学書。
そして、瞑った目元を縁取るように色濃く残る隈。
そのすべてが、昨晩もいつも通り夜更かししていたことを物語っていた。

「…せんちょー、朝ですよ?」
「………ん…」

本気で起こすつもりならば、到底足りないであろう音量で、キャスケットがそっと声を掛ける。
だが、予想通りベッドの上のローは、かすかに身動ぎしただけで目を覚ます気配はない。

キャスケットは、本当ならば朝礼の時間に間に合うようにローを起こすためにきたのだ。
いまだにその目的を果たせずにいるのは、不眠症気味のローがようやく得た穏やかな時間を
止めることが忍びないからか、…整った綺麗な寝顔をもっと見続けていたいからか。

どれくらい時間が経っただろうか。このままでは本当に朝礼に遅刻する、
そう思ったキャスケットは、そっとその場を離れるとベッドの向かいにある壁際のすべての窓を開けた。
途端にさわやかな海風が船長室を吹き抜ける。

再び足音を忍ばせてベッドに戻ってくる頃には、ローは丸めていたからだを
ころんと仰向けにして、目元を腕で覆ってゆったりとまどろんでいた。

「船長、おはよう」
「…んんー…」
「ねぇ、起きて」

短い髪をそっと撫でながら静かにそう告げると、まだちゃんとした言葉を発していない唇を塞ぐ。
ちゅ、と可愛らしい音を立てて離してみれば、それに導かれるようにローは重たい瞼を開けた。

「…キャス、おはよ」
「おはようございます」

もうこれでおはようって言うの3度目ですよ、そう笑いながら言うキャスケットも、
そのこどものような暖かい体温の手をきゅっと握ったローも、一様に幸せそうな顔をしていて――…
そのふたりが醸し出す雰囲気は、ここが海の上で、あまつさえ海賊船の船長室である、
ということを忘れさせるような柔らかなものだった。

「朝礼、どうします?」
「んー…ペンギンに任せるって言っといて」
「船長は?」
「行かない。まだ寝る。」
「一緒に行こうよ」
「えー…3時間も寝てねぇんだよ…」
「でも、おれ船長と一緒にいたい」

甘えるように駄々をこねるローの上体を起こし、真っ直ぐに瞳を見て真面目な顔で
そんなことを言うキャスケットの言葉は、ローを説得するのに十分だったようだ。

「…仕方ねェなぁ…」
「ありがと、船長」

それだけ言って、ほんのり赤くなりかけた顔を隠すように俯くローの頬に、キャスケットの手が触れる。
至近距離で目線が交わって、啄ばむようなキスをひとつ。
寝惚けたままベッドから降りるローは、それをおとなしく受け入れると、
ふわりとうれしそうにわらうのだった。



****
今日のように気候のいい日は、朝礼は日光浴と目覚ましを兼ねて甲板で行われる。
久しぶりに時間通りに現れた船長の姿に、クルー達は一様に普段よりも引き締まった、
それでいてうれしそうな表情を浮かべた。
朝が弱くて、気まぐれで、敵の海賊に対しては時に残酷な一面もあるが、
それでもやはり、強くて自分たちに優しい船長が好きなのだ。

朝礼が終わり、そのままクルーに連れられてダイニングにローが姿を表せば、
周りの席が取り合いになるのがその証拠だった。

「キャスケット、よく船長を起こせたな」
「あ、ペンさん。…うん、今日は起きてくれた」
「そうか、よかった」
「ん。だって今日は特別な日だからね」
「…そうだな。で、結局決まったのか?迷ってたやつ」
「うん、今実践中」
「内容は?」
「えー…やだよペンさん笑うじゃん」

「笑わないから」そう言うペンギンの耳元でこそりと耳打ちをする。
対してペンギンは、約束した以上笑ってはいけないと我慢しているのが一目でわかるような表情で、
「がんばれよ」とだけ告げて席を立つのだった。



****
グランドラインの天候は変わりやすい。
正午過ぎには、せっかくのさわやかに晴れ渡っていた気持ちのいい空を、一面の入道雲が覆ってしまった。

見張りのクルーや航海士だけでなくクルー全員がばたばたと対応に追われている間、
キャスケットはある人物を探していた。
それはもちろん、船長であり最愛の恋人であるローのこと。

まもなく訪れるであろう嵐の対応への報告するため船長室に向かった新入りのクルーが、
ローの姿が見えない、とキャスケットに泣きついたのだ。
ハートの海賊団の船は広く、確かに新入りではローがどこにいるかわからないかもしれない。

それを聞いたキャスケットは確信めいた予感を持って、ある甲板へと足を向ける。
目的の場所へ辿り着いてみると、探し人は簡単に見つかった。
壁にもたれて、ひざの上には読みかけの本。傍らにはお気に入りの帽子。
この騒ぎの中こうも堂々と寝ていられるのは、さすが2億の首、といったところだろうか。

「船長、起きて」
「……ん」

朝と同じ、起きようともしない唇に、キスを落とす。
朝のそれとは違って、今度は、深く。
だんだんと息苦しくなってきたローがキャスケットの胸を押し返す頃には、
ぽつぽつと甲板に雨が落ち始めていた。

「ほら、船長。じき嵐になります。船室に入ってください」
「…今日あんまり寝れてなかったから…せっかく寝てたのに…」
「だめ。大波で海にでも落ちたらどうするんですか。それにせっかくの帽子が濡れちゃいますよ」

こどもをあやすように言い含めると、窘めるように頬に唇で触れる。
さすがに普段との違いに気づいたらしいローは、
おとなしく頭に帽子を被せられながら不思議そうな顔をした。

「あのさぁ」
「はい」
「……なんかオマエ、いつもより」
「船長、雨ひどくなっちゃう。とりあえず中に入って」

急激な天候の変化は、あっと言う間に船から程近い海域を嵐へと変化させた。
あたりはまるで夜のような暗さになり、遠くに稲光すら見える。

「危ないから、ほら。」
「…うん」
「じゃ、おれちょっとペンさんのとこ手伝ってきますから。船長室にいてくださいね?」

悪魔の実を食べた影響でまったく泳げないローが、こんな海に飲み込まれたら大変だ。
キャスケットはそう判断したのだろう。ローの手をとるといつになく強引に廊下へと続く扉を開け、
そこにローを押し込むと、そのまま操舵室へと走っていってしまった。

残されたローは、本と帽子を手にしたまま、いつもと違う違和感に首を傾げるのだった。



****
その後、嵐が去った後も、夕食の時間も。
事あるごとにキャスケットはローのもとへやってくる。
そしてそのたび、キスをするのだ。

触れるだけのものや、思わず背筋がぞくりとするくらいに深くて気持ちいいもの。
それはさまざまだったが、ひとつ共通して言えるのは、
唇を離したあと、キャスケットがやわらかい表情で自分を見ること。

その瞳はなにか言いたげで、それでも、なにも言葉にはしない。
はじめの数回は不思議に思っていたローだったが、そのうちどうでもよくなってしまった。
ただ、一緒にいられるはずの夜が待ち遠しい。

もっとキャスケットに触れたくて、…触れられたくて、
就寝前にペンギンと二人で行う日課の打ち合わせにも身が入らなかった。

それがペンギンにも伝わってしまったのだろうか。
ローとキャスケットの仲を知っているペンギンは、気を利かせるように
早々に打ち合わせを切り上げて自分の部屋へと戻っていく。
そしてそれと入れ違いのように、船長室に入ってきたのは待ちかねていた恋人。

「船長、終わった?おつかれさま」
「ん、おまえも」
「うん」

立ったまま、言葉を交わす時間も惜しむように、キャスケットはローを腕に閉じ込めて唇を塞いだ。
彼が着ている真っ白な制服のつなぎに、背中に回されたローの腕が殊更際立つ。

「んっ…ん」
「船長…すき」
「んぅ、キャス…も、早く、ベッド…っ」
「だめ、あと2回」
「…?…んっ」

ローが、息継ぎのための僅かな時間に思い切って口にした言葉は、
よくわからない理由であっと言う間に却下されてしまった。

それでも、一日中触れたくて仕方なかった恋人から与えられる甘さがいとしくて、
言われるがままに目を瞑る。先程まで仕事場だった船長室の空気が、
一気に甘さを含んだものになってゆくのがたまらなく心地いい。

「――ん、ぷは」
「…はい、終わり」
「?…なぁキャス、今日おかしくねぇ?ずっとキスばかりだった」
「これでも我慢して回数抑えたんですよ」
「…はぁ?」

言っている意味がまったくわからないといった様子のローの後頭部を、
キャスケットの手がゆっくりと撫でる。
ローのものと大して変わらない大きさの暖かい手のひらは、ローのお気に入りだった。

「今日、何の日か覚えてます?」
「……あ、」
「そう。船長がおれを拾ってくれた日。おれがこの船に乗った日です。だから一年分の感謝を伝えたくて」
「もしかして、さっき言ってた回数って」
「そう、12ヶ月だから12回。…ほんとは、365回したかったんですよ?
けど、さすがに怒られるかなって…ていうか、12回でもペンさんには笑われたんですけど」

可愛いだけの部下だったキャスケットに、こんな風に甘えるようになるとは、
一年前には思ってもみなかった。何か立場が逆転したようで悔しい気もするが、
それでも、撫でられる毎に意識が緩やかに眠気を帯びてくるような錯覚さえ覚えるのは紛れもない事実なのだ。

「……ばかだな、オマエは」

ローはそれだけ言うと、キャスケットの肩口にこてんと頭を預けて目を瞑った。
眠くなった訳ではなくて、顔がどんどん赤くなっていくのが自分でも解っていたから。
そしてそんな自分を見たキャスケットが、ひたすら自分を甘やかすだろうことが容易に予測できたから。
いくら恋人相手だと言っても、素直に甘えるのにはまだまだ慣れていないのだ。

「船長、好き。大好きです。来年の今日も、ずっとずっと、一緒にいさせてくださいね」
「…あたりまえだ」
「ねぇ船長、船長も一回くらいすきって言ってよ」
「…っ調子にのるな!」
「いて、わかったわかった、ごめんなさい」

思ってもみなかった言葉に思わず顔を上げると、そこにあるのはいつもと同じ、
やわらかく笑うキャスケットの表情だった。
その笑顔が、もっともっとしあわせそうになるのを見てみたい。
ローがそう思ったのは、ごく自然なことだろう。でも、今日は言えそうにないから。

――だから、来年の今日は、おれも一度くらいは『好き』って言ってやるよ、キャスケット。






改定履歴*
20100803 新規作成
- 8/9 -
[] | []



←main
←INDEX

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -