髪を乾かすのは誰?
「ゴホ、けほ、んっ…、はぁ」
船長室に乾いた咳が響く。
なかなか止まらなくて苦しそうにしているのは、船長であるローだった。
ここは海の上で湿度は十分にあるはず。
それなのに咳が止まらないということは、完全に風邪だ。
「船長、まだ咳止まらないんですか?」
「んー…」
「いっつも薄着でいるから」
「…風邪じゃねぇし」
「風邪でしょ、完璧に!」
――こいつ、いつからこんな口煩くなったんだ…
ローの体調を心配して、温かな紅茶を持ってきたキャスケットは先程からぶつぶつと文句を言っている。
仮にも船長である自分が部下に怒られている、なんて通常では考えられないことだが、不思議と悪い気はしない。
この部屋にはふたりきりだし、何よりも、心配してくれているのが、解っているから。
だが、それでもやはり、普段言われなれてない小言を聞くのはそろそろ限界だった。
「ほら、フロ上がりに髪も濡れたまま、そんなだから風邪ひくんですよ!!」
「あーーもううるさいうるさい、そんな言うんだったら」
「…なんですか?」
「オマエが乾かせ」
「は?」
「だから、おれの髪!そんな気になるんだったらオマエが乾かせばいーだろ」
「………」
自分でやるのは面倒くさいから、気になるヤツがやればいい。
そんな自己中心的な考えから出た言葉だったが、こんな発言はいつものことだ。
キャスケットや他のクルーはローのそんな我侭には慣れているはず、なのに、返事が返ってこない。
不思議に思って先程とはうってかわって静かになったキャスケットの顔を覗き込んでみる。
「何だよ」
「…っいえ!おれ、乾かします!船長ちょっと待っててね、すぐタオルもってくるから!」
頬を先程よりも心なしか赤くして、驚いたように早口で返事をしたキャスケットが
弾かれたように立ち上がってパタパタと船室へとタオルを取りにいく後姿を見て、
ローは一瞬の間の後咳をしながらくすくすと笑うのだった。
――とりあえず、今日は大人しく世話させてやるか。
改定履歴*
20091010 blogにネタ投下
20100208 修正して公開
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