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ふたりのヒミツ

『げほ、かはっ、…はっ、はぁ』
『おいおまえ。賞金稼ぎもいいけど、相手を選べ』
『――っくそ、』

呼吸するのもつらいからだを叱咤して放った最後の一投。
いままでどんな強敵相手にも狙い通りに刺さってくれたナイフは、空しく空を切った。
そうして次の瞬間耳に届いたのは、驚いたような呆れたような声と、カチリと響く冷たい金属音。
音のする方に視線をやれば、そこには目の前の賞金首の腹心であろう男が
冷たい表情でおれの眉間に銃口を突きつけていた。

『へぇ、まだ噛み付く元気があるのか』
『…、タダで殺されるのは癪だから、腕の一本でも奪ってやろうと思ったのに』

あぁ、おれここで終わるのか。狙った賞金首にやられる賞金稼ぎか…。
マヌケな話だけど、まぁおれっぽくていい感じかもしれない。
でもひとつだけ言うならば、死ぬのはこんな薄汚ねぇ路地裏じゃなくて海の上がよかった。

と、そこまで覚悟したのに。次に耳に届いたのは、銃声ではなく信じられないような言葉だった。

『…気に入った。選ばせてやる。おれの部下になるか、ここで野垂れ死ぬかだ』
『え』
『さっさと選べ。――おれと来るか?』



****
それから、おれにとって最後の獲物だった『賞金首』は、おれの唯一無二の『船長』になった。
返事をした直後につけられた愛称は、あれから数年経った今でも変わらない。

「ねぇペンさん」
「ん」
「あのさー」
「…キャス」
「その"キャス"っていうの…わっ!」

目の前にあった同僚兼恋敵の顔が一瞬見えなくなり、次の瞬間、おれは甲板に叩きつけられていた。
寸でのところで受身はとったけど、それなりに痛い。
ぽすん、と頭の上におきにいりの帽子を乗せてくれた相手は呆れ顔だ。

「いってぇー…」
「組み手の途中にぼーっとしてるおまえが悪い。腹筋百回な」
「…」
「何か言いたいことがあるなら聞くぞ」
「ペンさんって基本的におれに冷たいよね?」
「鍛えてやってるんだろう」
「初めて会ったときから冷たいじゃん!あのとき何の躊躇もなくおれに銃口向けてたよね?!
 船長が止めてくれなかったらアレ引き金引いてたでしょ!」
「さっさと引いておけばよかったと思ってるよ。おれの唯一の失敗だ」

さらりと言ってのけるこの人は、船長のいちばんのコイビト候補。
こどものころからずっと一緒にいたって聞いてるし、実際船長のことをよくわかってる。
それに比例するかのように船長からの信頼も厚くて――…
でも、だからってそう簡単には引けないんだ。おれだって、船長のことがすきなんだから。

「…言っとくけどおれ、ペンさんにだって船長譲る気ないから」
「いつの間に船長はおまえのものになったんだ?あれははじめからおれのだ」
「ペンさんずるい!いくら幼馴染だからって―…」



「おいおまえら、船長をネタに休憩してんなよ」

いつから聞いていたのか、そこに現れたのはいまのいままで話の中心だった船長、その人だった。
分厚い本を片手に、ふぁ、とおおきな欠伸をひとつ。…昼寝でも、してたんだろうか。
手の甲でぐしぐしと眠たげに目を擦る仕草がかわいらしい。

「船長」
「ペン、紅茶飲みたい」
「…はい、船長。すぐに」

おれとペンさん、ふたり分の意識を細いからだ一身に受けた船長は、それを気にすることもなく
いつもどおりペンさんに紅茶を要求した。こんなときの船長は、すこしあまえた声になる。
それがわざとなのか無意識なのかは、わからないけれど。
おれには絶対にかけてくれないその声音で我侭を言ってもらえる恋敵に、少しだけ、嫉妬した。

「船長、あの」
「キャス、おまえは腹筋百回だろ」
「ぅ」
「さっさとはじめろ。おれが乗ってやるから」
「…!はい」

前言撤回、我侭よりも筋トレの手伝いしてもらえたほうがずっとうれしいかも。
甲板に伸ばした足の上に船長が座って、ただそれだけで
100回だって200回だって腹筋できそうな気がする。

「キャス、おまえさぁ」
「はい」
「組み手うまくなったなー」
「!ほんとですか」
「ああ。ペン相手にあそこまでできれば、上出来じゃねぇの」
「…また、ペンさん」
「なに、不満なの」
「いや、別に」



「船長ー」
「なに、キャス」
「やっぱり、ちょっとだけ不満です。その、キャスっていうの」
「…おまえの名前だろ」
「いや、はい、まぁ…そうですけど」
「何、不満なの?おれがせっかくつけてやったっていうのに」
「例えばですよ。おれが帽子被らなくなったらどうします」
「被らなくなることあんの」
「たとえ話ですって。そしたら何て呼びます?やっぱりキャス?」
「ああ」
「何でですか?」
「おまえはキャスだから」

いや、そうだけど。でもそうじゃない。だっておれには、ちゃんと名前があるんだ。
船長がキャスと呼ぶからクルーたちはそれが本名だと思っていて、
今となってはきっと船長くらいしか覚えていないだろうけど。
『キャスケット』は船長がつけてくれた愛称で、それを嫌に思ったことはなかったけど、
…あの甘えたような声で名前を呼ばれるペンさんがうらやましくて、
おれも、あの声でほんとうの名前を読んで欲しくて。

「別にいいじゃねぇか、おまえとおれのヒミツが一個くらいあったって」
「…!」
「だろ?」
「…かなわないなぁ、船長には」

自分でも整理しきれないもやもやした感情は、船長のひとことで綺麗に消えてなくなってしまった。
かわりにうまれたのは、船長とおれの間にはふたりきりのヒミツがあるんだっていう、
どこか船長を独り占めできたような嬉しい感情。
船長はそんなおれを見て口角をあげて笑顔を作ると、指先だけで手招きをする。

「はやくしろよ、アイツ戻ってくるぞ」
「船長、すき」
「知ってる」

これは、『キスしろ』の合図。誘われるままに唇を塞げば、すうっと独占欲が満たされた。
あの日から、ずっと唯一無二の大切な貴方がくれた新しいおれの名前。
それがふたりのヒミツになるなんて、そういうふうに考えたことはなかった。
けれど、そう考えてみると今までよりもずっとこの愛称が愛しく思える。

「キャス、もういっかい」

大好きなあなたがおれの名を呼ぶ声に誘われて、おれは何度だって、あなたにキスをする。





改定履歴*
20110513 新規作成
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