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刻印 -1-

「…出航?」
「ああ。これ食ったらな。ログが溜まったんだ」

昼下がりの程よい陽射しの中、おれは甲板でメシを食っていた。
――いや、正確に言うと、食ってはない。
食事の載ったトレーは傍らに置いたまま、炭酸水の入ったグラスを手に、
隣に座ってすごい勢いでメシを食うその男と話していた。

「ほんとによく食うな、火拳屋」
「お前んトコのメシがうめぇのが悪い。食わねぇならもらっていいか?」
「…好きにしろ」

ログが溜まるのに10日掛かるというこの島に停泊して一週間。
おれたちよりも数日早くここに着いていたスペードの海賊団のログポーズは、ちょうど今日溜まったらしい。

到着した初日、甲板で宴をしていたところに図々しく上がりこんできたこの男は、
人懐っこい性格も手伝ってすっかりおれの船のクルーたちに馴染んでしまった。
後から敵船の船長だと聞いた時には、その気軽さにクルーたちが腰を抜かしたほどだ。
もっともおれは、初めっから知っていたのだが。

程よく都会のこの島には他にいくらでも遊びにいく場所があるだろうに、
火拳屋は毎日のようにおれの船にやってきては、おれの読書や研究のジャマをした。
それが迷惑でなくなったのは、いつからだろうか。
こいつの話は聞いていて飽きることがない。
クルーの自慢話に始まり、今まで乗り越えてきた島の話、宝の話。それから、故郷にいるという弟のこと。
今日だって、例に漏れずその弟の話がもう一時間程度続いている。

「火拳屋は、よっぽどその弟が可愛いみたいだな」
「まあな。大好きなカワイイ弟だからな!早く会いてぇ」

幸せそうな表情で臆面もなくそういうことを口にする火拳屋に、こっちが赤面してしまう。
弟、とはそんなに可愛いものなのだろうか。あいにく、おれには弟がいないからわからない。

「…よく、兄弟に対して『好き』だなんて言えるな」
「お前だって好きだろ、あの兄貴みたいなヤツのこと」
「は?」
「アイツだよ、暑っ苦しい帽子被ってるヤツ。ペンギンだっけ」

先程までの笑顔のままの火拳屋の言葉が、おれの頭を混乱させる。
ペンギンのことが好き?…おれが??

「ペンとは昔から一緒で、確かに兄弟みたいな感じだけど…そんな、好き とか」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ?あんだけ懐いといて」
「っ誰が、ふざけたこと言ってんな」
「ハイハイ。でも」
「黙れって」
「好きだろ?」

そう言う火拳屋の瞳は、真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐで。
おれはそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。

本当は、気付かないフリをしていたんだ。ペンギンへの気持ち。
それを気付かされたことと、出逢って間もない火拳屋にバレてしまっていたこと。
どうしようもなく恥ずかしくて、顔が赤くなる。

「アイツは、この船の副船長だし」
「うん」
「兄弟みてぇなもんだし」
「それで?」
「…男同士だし」

ああ、我ながら言い訳ばかり並べる自分に腹が立つ。
いつの間にか俯いてしまっていた顔にどんどん熱が集まって、それが涙になって瞳に薄い膜を張った。

「ふぅん、んなこと気にしてんだ」
「あたりまえだろ、おれは――…」

『そんなこと』と言われて思わず顔を上げると、火拳屋の顔が驚く程目の前にあった。
緩く弧を描いた唇が、ゆっくりと近づいてくる。
どうしていいか解らずきゅっと目を瞑った瞬間、
おれの唇に掠めるように触れたそれは、そのまま頬へと落ちた。

「な、おま、今なに…っ」
「ドキドキしたか?」
「はぁ?」
「しただろ?なぁ、性別なんて関係ねーよ。好きなら好きって言えばいいだろ」

好きって言う…?
おれが、ペンギンに?
いやいやそうじゃなくて。

「そうじゃなくて!何てことすんだお前は」
「おまえがあんまり可愛いのが悪ィ」
「何言ってんだ、こんなの誰かに見られたら…」
「誰かにっつーか、ペンギンに、だろ。お前が気にしてんのはアイツだけだってことくらい解る」
「ふざけんな!消すぞ!」
「今は頬だけで我慢しといてやるから、そう怒るなって」

今は、って何だよ。そう言おうと思って睨みつけた、筈だった。
そうならなかったのは、火拳屋の顔がおれのすぐ隣にあったからだ。

「…次会うときまでにちゃんとくっついとかねェと、最後までヤるからな」

耳のすぐ傍で響く熱を孕んだ声に、全身が震える。なんだこれ、相手は男だぞ。

「――っ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ」
「はは、まあいいさ。んじゃまたな」

強がりも限界なおれの精一杯の返答に、火拳屋はいつもと同じ笑顔で笑うと、
おれの頭を一度だけ撫でて船長室の扉を開け、そのままひらりと船を降りた。
近すぎた距離が離れて冷静になったところで、あいつが言っていた言葉を思い出す。
たしか、今日出航するって――


「おい、火拳屋!」
「なんだよ、寂しいなら連れてってやってもいいぜ」

お互い海賊なんだからもう二度と会えないかもしれないのに、
悔しい程いつも通りのその様子を甲板から見下ろす。
今となっては火拳屋のくだらない軽口も、なんだか切なく感じるから不思議なものだ。

「…またな!」

遠くて表情はよく見えないが、なんとなく、あいつが笑ったような気がした。
おれの好きな、太陽のような笑顔で。
おれはそのまま、遠ざかっていく後姿をぼんやりと見つめていた。



「ロー、エースは帰ったのか?」

ちょうど入れ違いにやってきたペンギンに声を掛けられて心臓が跳ねる。
大方、おれの怒ったような声を聞いて心配して来たんだろう。こいつはそういう奴だ。
いつだっておれのことを気にかけてくれていて、いちばん傍に居てくれる。

ただ、今は心臓に悪い。だってさっき火拳屋とあんな話をしたばかりだ。
思い出すにつれてなんだか顔がまた赤くなっていくような気がして、おれは慌てて返事をした。

「え、あ、うん。帰ったみたいだ。今日出航するって」

動揺を上手く隠すことができないおれが精一杯冷静を装った返答に、
ペンギンは一瞬だけ不思議そうな表情をする。
でも、次の瞬間には柔らかく微笑んで頭を撫でてくれるって知ってる。
おれが隠そうとしてるから、気付いてても気付かないフリをしてくれるんだ。

なぁ、そうだろ?ペンギン。

「そうか。騒がしいのが居なくなると思うと、寂しくなるな」

予想通りに頭を撫でてくれるペンギンの大きな手のひらの感覚が心地よくて、おれはそっと目を閉じた。

「…うん」

優しい優しいペンギン、だいすきだ。

いつかおまえに、このキモチを打ち明けるときが来るんだろうか。
…もし、受け入れてもらえたとしたら、好きなときにこうやって撫でてって甘えてもいいんだろうか。

それはとてもしあわせだろうけど、もし拒まれたら。
おれを甘やかしてくれる腕がなくなってしまったらと考えると立ち直れなさそうだ。

――だから今はもうちょっと、このまま。居心地のよいこの関係のままでいさせて。






改定履歴*
20100611 新規作成
20110122 再録
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