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Happy Valentine's Day! -1-

先日までの寒さが嘘のようによく晴れた、穏やかなある日のこと。
ファントムハイヴ家当主の執務室前、執事であるセバスチャンは
ティーセットを載せたワゴンを押してやってきた。
時間も場所も、いつもどおり。ただひとつ違うのは、
そのワゴンに何もスイーツが載っていないこと。

何も忘れたわけではない。主人が要らないと言ったのだ。
これは今までになかったことで、執事自身も違和感を隠しきれずにいる。

『今日は、おやつはいらない。軽めの紅茶だけでいい』

ことのはじまりは、シエルが朝の着替えの時に言ったこの言葉だった。
体調が悪いのか、と尋ねても違うという。
真意はとうとう分からずじまいだったが、命令は命令。
セバスチャンはその命令を、忠実に守ったのだ。



「失礼します」
「…入れ」
「紅茶をお持ちいたしま…し、た」

語尾が間延びになってしまったのは仕方ないだろう。
重厚な木の扉を開けてみれば、先程まで難しい顔をして
仕事に没頭していた主人はどこにもおらず、
代わりに目に入ったのは、ふかふかのソファに埋もれるように座って
自分をじっと見ている主人の姿だったのだから。
一瞬驚きはしたものの、セバスチャンは自分を待っていたであろう恋人の姿に
すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。悪魔といえども恋人には弱いのだ。

「坊ちゃん、休憩ですか?」
「うん」

その年相応な返答にくすりと笑いながら手招きされるまま傍に寄れば、
ちいさな白い手に自分のそれを絡めとられ、そのまま力任せに引っ張られた。
いくらまだ13歳のこどもとはいえ、思い切り引っ張られるとそれなりの威力はある。
セバスチャンは何事かと不思議に思いながらも、シエルの隣へと腰を下ろした。

「坊ちゃん?どうされました?」
「……これ」

じっと見つめられる紅茶色の瞳から目を逸らし、
シエルが背中に手を回してもぞもぞと取り出したのは
赤のリボンできれいにラッピングされた茶色の箱だった。
何だろうと思案するよりも早く、ヒトよりもすこし利く鼻が嗅ぎ取ったのは、
ミルクとカカオの混じった芳醇で甘い香り。…もしかして、これは。


「今日は、バレンタインデーだろう」
「私に…ですか?」
「僕がお前以外の誰にやるんだ」
「………坊ちゃん」
「いや、別に、ただちょうど思い出したから…っそんな、深い意味はない!」
「はい、ありがとうございます」
「――〜っ、そのにやけた顔をやめろ」
「無理です。すごく嬉しいですから」

無理やり取り繕おうとする主人の姿に、
いけないと思いながらも笑顔になってしまうのを止められない。
一方シエルは、渡すだけで一日分のエネルギーを
使い果たしてしまったかのような疲労感を感じていた。
それから、ちゃんと計画通りに渡せたという満足感。

「今日はダージリンをご用意しましたから、ちょうどよかったですね」
「ちゃんとお前のカップも持ってきたか?」
「はい、ご命令でしたから」

そう、違和感の原因はこれもあったのだ。
いくら恋人といえども主人と執事が一緒に紅茶の時間を楽しむことは今までなかった。
いざとなったら辞退しようとは思いながらも、
一応、命令どおりにニ客のティーセットを持ってきたのだ。
『おやつはいらない』の言葉も、今考えればこのチョコレートがあるからだったのだろう。
違和感の謎が解けて現れた可愛らしい主人の計画に顔が綻ぶ。

「折角ですから、坊ちゃんが下さったチョコレートも一緒に頂きましょうね」
「美味いかはわからないが…」
「美味しいに決まっています」

セバスチャンは照れくさそうに俯くシエルの頭をひとつ撫でると、
ふたりぶんの紅茶を淹れて、赤のリボンを解き、茶色の包みを丁寧に開ける。
そこには細かい細工が施された美しいチョコレートが並んでいた。






改定履歴*
20110209 新規作成
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