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Love Cubes 1

今日の客は最悪だった。

おれがいまやってるのは、いわゆるゲイ向け風俗店で男客相手いろんなサービスをする仕事。
言っとくけどおれはもともとそういう趣味はなかったんだ。
紹介されたこの店で裏向きの仕事をやるつもりで働き初めたものの、
ほんの数日で金のためにカラダを売るようになった。
嫌ならいつ辞めてもいいと店からは言われているけど、今のおれには金が必要だから、
手っ取り早く稼げるこの仕事は辞められない。

幸いおれは受け側だし、舐めて大きくして突っ込まれさえすれば目を瞑って喘いでたらそのうち終わる。
不本意ながらおれはそのテのやつらに評判がいいようで、
足繁く通ってくれる上客が何人もついて順調だった。
隙あらば仕事抜きで会おう(=ヤろう)と口説いてくるヤツも少なからず居たけれど、
この仕事を始めてから覚えた酒はほどよくおれの脳を溶かしてくれて、
寝て起きれば相手の顔すら覚えちゃいねぇ。
いくら好意を寄せられても、客は客。おれにとって、ヤツらはただ金をもらうための道具にすぎなかった。

だから、罰があたったのかな。
まさか街中で過去の客にばったり会って、そのまま駐車場でヤられるなんて予想もしてなかった。
もちろん嫌だとは言ったものの、「いつもの倍出すから」なんて金握らされたら
多少の嫌なことには目を瞑るのは普通のことだろ。
ただ予想と違ったのは、連れてかれた車の中には複数の男がいたってことで…

「…なに、こんなの聞いてな」
「金握らされてついてきたのはおまえだろ」
「いいから腰もっと突き出せよ」
「――離せよ、はなせ…っ」

車内に引き込まれるのをなんとか拒否はするものの、
後ろからおれに覆いかぶさってくる男の手が服の裾から中に入ってくる。
乳首をつままれて体が跳ね、いつのまにか下ろされていた下着が足かせになって逃げようにも動けない。
そうこうするうちに熱いモノが後ろに宛がわれて、もうだめだやられる、と目を瞑ったところだった。

「何やってんだてめぇら!」

近くの車のドアが開く音と、怒気を孕んだ声。
続いて鈍い音が耳に届くと、体にかかっていた重みがなくなり、代わりに視界が赤に染まる。
それがこの男の髪の色だと気付いたときには、そいつの車に乗せられて駐車場を後にしていた。

とりあえず、助かったみたいだ。けど、無言の車内が居づらい。っていうかこいつ誰だよ。
まさか助かったってのはおれの幸せな勘違いで、このままホテルにでも連れてかれるんじゃねぇだろうな。
次信号で止まったら思い切ってドアを開けて…なんて頭の中で逃げる算段をつけながら、
そろそろと運転席の横顔を盗み見る。
どんな変態かと思ったら、おれと歳のそう変わらない、いわゆる格好いい部類に入るであろう男だった。

こいつ、一度だけ見たことがある。いつだったか、いかにも付き合いですという感じで店に来てたやつだ。
さっきも気になったきれいな赤い髪と赤い瞳が印象的で、あいつになら抱かれてもいいな、
なんてことをはじめて思った相手だった。
あのときは確か、こいつは酒を数杯飲んでそのまま帰ってしまったんだっけ。
まさかこんな形で再会するなんてな。おれちょうかっこわりぃ。

「おまえなにやってんだよ、本気で逃げればなんとかなるだろ」

しばらく車を走らせた後、路肩に止めて掛けられた第一声はそんな感じだった。
そんな感じ、っていうのは、おれがそいつに見惚れてて声があまり耳にはいってこなかったから。
おれ、おかしくなったのかな。
こんな仕事してるから、普通に男が恋愛対象に入ってくるようになったんだろうか。
いやいやそんなのおかしいって。頭の中でそう思いっきり首を横に振って、返事をする。
口から出たのは、我ながら可愛げのない言葉だった。

「…おまえから見てどうであれ、あれがおれの仕事なんだよ」
「仕事…?ばか、もっとマシな仕事でもバイトでもあんだろ」
「うるさい、別におれだってすきでやってる訳じゃねぇし」
「――泣くほどいやなら断れよ…」

はじめて会ったときから惹かれていた、炎のように赤い瞳に映っているのは、いまはおれだけ。
…本当に、こいつの体内には炎が燃えているのかな。
そんなばかげたことを考えてしまうくらいにあたたかな手がおれのそれを掴んで、
そこから全身に熱が広がってゆく。
きっとその熱に溶かされてしまったんだ。じゃなきゃこんなに涙が零れるわけない。

「でも、おれ…金ほしいし、もう…戻れない」

ああ、かっこ悪ィ。
今の今まで話したこともなかった、名前も知らない男に何言ってんだおれ。
でも、こいつに掴まれた手と、おれを窘める声がびっくりするくらい優しくて――…
おれはぽろぽろと頬を伝う涙を、止めることができなかった。



****
おれが手を引かれて連れてこられたのは、まだ築浅のきれいなマンションだった。
カウンターキッチンのあるダイニングと寝室は、よく言えば小奇麗、悪く言えば生活感がない。
どうしていいか分からずに突っ立っているところをとにかくあったまってこいと風呂に入れられて今に至る。

あたたかな部屋と、風呂上りにこれでも飲んでろと渡されたホットミルク。
ガキ扱いかよ、なんて毒づいてみても迫力なんてこれっぽっちもなくて、
おれをここに連れてきた当の本人はおれと入れ違いに浴室に入っていってしまった。

『一人暮らしだから気兼ねなく寛いでろ』とは言われたものの、借りたぶかぶかの服は
助けられたときにも感じたいいにおいがして、…なんだか、全然落ち着かない。

「…ユースタス・キッド…」

なんとなくソファにおいてあった社員証を手に取ると、そこには顔写真と一緒に名前が書かれていた。
無意識に名前を読み上げると、途端に顔が熱くなる。
これじゃまじであいつに惚れてるみたいじゃねェか、冗談じゃない。

慌てて社員証を放り傍にあった雑誌をぺらぺらと捲ってみるけど、
当然ながら内容なんてちっとも頭に入ってこない。
時間にしてほんの十数分がとてつもなく感じて、ユースタス屋がリビングに戻ってくるころには
なんだか逆に疲れてしまった。

「…なに正座してんだ」
「あ、その、なんとなく」
「なんだそれ」

…あ、笑った。こいつが笑うのを見るのはこれがはじめてだ。
眉毛がなくてなんだか怖そうな印象とは全然違って、すごくあったかくなる笑顔。
同時に胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられるような。

「おまえ、名前は?」
「…トラファルガー。トラファルガー・ロー」
「トラファルガー、おまえ、家は?ちゃんと帰ってんのか」
「金もったいねぇから事務所とか連れてかれたホテルとかでテキトーに寝てる」
「…そんなに金が欲しいのかよ」
「そうだ、軽蔑してもいいぞ別に」
「んなこと言ってねぇよ。なんか理由があんだろ」

ユースタス屋は、本当におれの考えてることがわかるのかな。
金が欲しい理由は、もちろんちゃんとある。
でもそれを言ってもどうにもならないし、何より本格的に軽蔑されそうで言えない。
そんなおれの気持ちを知ってか知らずか、それ以上突っ込んで聞いてくる様子のない
ユースタス屋の態度に心の中でほっとため息をついた。

「…トラファルガー、おれな、考えたんだけど」
「なんだよ」
「おまえうちに住め。一緒に暮らそう」
「はぁ?」
「うちにいれば金はかかんねぇだろ。だからあんな仕事やめろ。な?」
「だ…だめだ」
「迷惑ってこと?」
「そうじゃなくて、――っ」
「泣きながらヤられてるやつほっとけねぇよ」

あまりの唐突さに、言葉が出ない。
もしかしてからかわれているのかという疑問すらわいてくるけど、ユースタス屋の瞳はまっすぐなまま。
本気で、おれのことを考えてくれてる人に出会えるなんていつぶりだろう。あるいは、はじめてか。

「うれしいけど、今日はじめて話したばかりのやつにそんな迷惑かけらんねぇよ…」
「そんなこと気にすんな、どうせこの家にはおれひとりだし」
「でも」
「いいから。しばらく休んで新しい仕事探せばいい」

せっかく出会えた大切な友人になれるかもしれない相手だからこそ、迷惑かけたくない。
ちいさなことで仲違いするのはいやだから、居候なんてとんでもない。
たっぷり時間を掛けて出した答えを、ユースタス屋はほんの数秒で否定してしまった。

「もう今日は寝ようぜ、おまえベッド使えよ」
「え、おまえは」
「おれソファで寝る」
「だめだそんなの、おれがそっちで寝る」
「…よしじゃあ一緒に寝るか」
「は?」
「おまえ薄っぺらいし大丈夫だろ」
「何言って…うわ引っ張るなって」
「おいもっとこっち寄れよ、落ちるぞ」

促されるままにそろそろとベッドの中を移動して、触れるか触れないかのところで止まる。
そうすればユースタス屋は、ふわりと笑っておれの肩に毛布を掛けてくれた。

「あれだな、場所間違えたな、明日からはおまえが壁側な」
「…おれそんなに寝相悪くねぇぞ」
「ちげーよ、そうでもしないとおまえ遠慮して落ちるだろ」

まぁ落ちそうになったらおれが支えるけど、なんてセリフが聞こえてきて思わずユースタス屋の顔を見る。
残念ながら目は閉じられていて、それが冗談なのか本気なのかは分からなかった。
でもどうやら、おれがしばらくここに泊めてもらう事は確定みたいだ。

だれかといっしょにベッドに入ってるのに、ただ寝るだけなんて覚えている限りで初めてで
何をしていいかわからない。
そうしてるうちに、そうだ何もしなくていいんだ、と気付いたら情けないけどまたちょっとだけ涙が出た。

『ありがとう』

明日目が覚めたら、いちばんにこの言葉を伝えよう。





end

改定履歴*
20101116 新規作成
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