つま先立ちのキス -1-
ファントムハイヴ家の本邸の広い廊下に静かに響くのは、ふたり分の足音。
この邸宅の主人――シエル・ファントムハイヴと、
その執事、セバスチャン・ミカエリスのものだった。
「坊ちゃん、今日のお仕事もお疲れ様でした」
「ああ」
「後程お部屋に紅茶をお持ちしましょう」
「今日のおやつは?」
「摘みたて苺のミルフィーユをご用意しております」
この執事は仕事はもちろんお菓子作りから主人の護衛まで、なんでもこなしてみせる。
言葉に時折棘があることに目を瞑れば、シエルにとって完璧な執事だった。
「苺か。おまえの作るスイーツは一級品だからな、たのしみだ」
「…そのように可愛らしいことを言って、今日は随分ご機嫌ですね」
「可愛らしいって、変なこと言うな」
「正直な感想です。そうですね、可愛らしい坊ちゃんには『あーん』でもして差し上げましょうか?」
「え」
「ほら、このように。私がこのちいさなお口に苺を入れて差し上げますよ」
「ば、…ばか!からかうな……」
頬に手を添え、くいと上を向かされたシエルの口に、セバスチャンの指が触れる。
途端に頬をさくら色に染めて慌てて離れようとするシエルの小さな頭を、
くすくす笑うセバスチャンの大きな手がゆっくりと撫でた。
ご主人様と執事。
二人の間にあるのは、そんな表向きの関係だけでない。
ひとたび夜になれば、二人を包むのは甘ったるい恋人としての空気だった。
更新履歴*
20110120 新規作成
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