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I think of U -5-

「トラファルガー、ほら、あーん」

――猫撫で声、とはこういう声を言うのだろうか。
そんなことを考えてしまうくらいに甘ったるい声を添えて目の前に差し出されるのは、
これまた随分と甘そうな香りのするクレープだった。

「…いらねぇ」
「いちご、すごい甘いぞ。うまいって」
「おれ甘いのキライ。甘いの好きなのはおまえだけだ、ユースタス屋」

しまった、口調がキツすぎたかも。
そう思ってユースタス屋の表情を見れば案の定困った顔をしてて、
おれはその度自己嫌悪に陥る。さっきからこれの繰り返しだ。

わたあめ、フライドポテト、たこやきにアイス。それからクレープ。

ユースタス屋は手を変え品を変えなんとかおれの機嫌をとろうとするけど、
どれひとつとしておれの興味を引くものはなかった。
加えて、おれたちのケンカの仲直りのきっかけになってくれそうなものも。



今日は、おれたちの高校の文化祭だ。
普段めったにケンカなんてしないのに、なんでこんな重要な日に限ってこうなるんだろう。
相変わらず自分のタイミングの悪さにいらいらするやら落ち込むやら。
まだ付き合う前のころ、夏祭りの日にもおれは熱を出して寝込んだっけ。
たしかあの日は予想もしてなかったのにユースタス屋が見舞いにきてくれて、
おれはしぬほど嬉しかったけど…今日のはただ純粋に、タイミングが悪い。
おれだって気まずいのは嫌だし、許せるものならさっさと許してしまって、
約束してた通りに一緒に校内を回りたい。

自分のクラスが出店してるわたあめ屋の手伝いは、
ユースタス屋と一緒に朝イチの準備の役割を勝ち取った。
けどそれでも今はもう10時で、午後からはハロウィンの仮装コンテストがあって、
その着替えと準備に色々と時間が掛かるから、
あと2時間くらいしか自由に回れる時間はなんてないんだ。
文化祭と体育祭が一年おきにあるうちの高校は、来年は体育祭で、
今日は最初で最後の文化祭なのに、ケンカなんかしてる場合じゃない。

おれがひとこと「もういいよ、怒ってない」って言えば済む話なんだ。
そんなの、分かってる。けど――

「なぁ機嫌直せって」
「うるさいユースタス屋」
「ただの友達だって」
「…ユースタス屋は友達相手にあんなうれしそーな笑顔すんのか」
「それは…」
「言い訳なんて聞きたくない」

――さっき、おれのしらない女ふたり組みが、ユースタス屋に声を掛けてた。
多分ひとつ上の学年の先輩だ。よくモテてるらしく目立つ存在で、なんとなく顔だけは知ってる。
とにかく、おれが職員室に用があって少し待たせてた間に、
ユースタス屋はそいつらに声を掛けられてた。
でも、おれに気付いたユースタス屋はすぐにそいつらとわかれておれのとこに来て――それでおしまい。
ただの友達というならば、本当にそうなんだろう。

でもおれのもやもやは消えない。
なんでかっていうと、そいつらに向けられたユースタス屋の笑顔が本当に嬉しそうなものだったから。
そのふたり組はいわゆる可愛い系とキレイ系でタイプこそ違うものの確かに美人で、
そういうのに疎いおれでも、モテるっていうのがわかるから。
ユースタス屋が、そんな人たちと友達だなんて知らなかった。
…もしあのふたりが、ユースタス屋のことを好きになって告白とかしたらどうなるんだろう。
ユースタス屋だって健全な男だし、おれなんかほっといてそいつらと…とか。
嫌な想像がおれの中をぐるぐる回って、なんかもう涙が出てきそうだ。

もう、やっぱりこの2時間は別行動することにしよう。
一緒に回れないのは本当に残念だけど、こんなことくらいで泣いてるとこ見られるよりは全然マシだ。
やさしくされればされるほど、訳の分からない感情がおれのなかで大きくなって、
もう自分じゃ制御できそうにない、から。

「それよりユースタス屋。午後からのハロウィンコンテスト、覚えてんだろーな」
「もちろん。お前がメイクしてくれるんだろ?」
「さぁ、誰かに代わってもらうかも。あ、さっきの女にやってもらえば?」
「なんだよそれ、おまえなんか勘違いしてねぇか」
「してない。もうおれ先行くわ、じゃーな」
「トラファルガー、待てって」
「な、ちょ、離せ」
「いいから」
「待っ――」

拒否の言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
腕を引き寄せられて、おれのからだはユースタス屋の腕の中に閉じ込められる。
いつもと同じあたたかな体温が、いつのまにかすこし冷えていたおれの体にじんわりとしみた。

「笑ってたように見えたのは、お前が走っておれのとこに来てたのが窓から見えたからだよ」
「…っ、そんなの…」
「ゆっくりでいいのに、かわいいなって」
「うそだ、カワイイとかありえねぇ」
「ウソだと思う?」

耳元で響くユースタス屋の声に、顔が一気に赤くなるのをとめられない。
職員室のある棟から待ち合わせの場所までの途中には長い渡り廊下があって、
たしかにそこを走った覚えがあったんだ。
理由は簡単、…早くユースタス屋に会いたかったから。

「わ、わかった、わかったから…っ」
「ほんとかよ」
「ほんとだって言ってるだろ!」
「ふぅん…じゃあ機嫌なおった?」
「なおった、もうすげーなおった!」

だから離せ、と腕の中でもがくおれの右手を掴んだユースタス屋は、
さっきまでの困った顔じゃなくておれの好きなあったかい笑顔だった。
その笑顔に心臓がきゅうっと苦しくなる。もう、やばい。かっこいい。

「ハロウィンの準備までにはまだ時間あるだろ?」
「…うん…」
「じゃあおれ行きたいトコあんだ、付き合えよ」
「じゃあってなんだよ…」
「いいからいいから。約束通りカップルらしく一緒にまわろーぜ」

こういう強引なトコもあると知ったのは最近のこと。
それでも逆らえないし、そんな気も起きないのは『惚れた弱み』というやつだろうか。



****
「…お前の行きたいトコって、ここ?」
「そ。定番だろ」
「何の」
「何って、高校生カップルの文化祭のイベントとして」
「ばか何言ってんだよ」
「照れんなって」

連れてこられた場所は、音楽室や家庭科室や理科室、いわゆる特別教室の集まっている棟だった。
渡り廊下のすこし先、真っ黒な暗幕で仕切られた廊下に、それっぽい音源。
受付には白いナース服を着て口から血のりを垂らした女が立っていて…いわゆる、『お化け屋敷』だった。
頭上には『戦慄●宮』の文字。…あれ、これってなんかどっかできいたことあるぞ、
っていうか某遊園地のパクりじゃねぇか。まぁいい。今日は楽しい文化祭だ。

受付の女子になんか見覚えがあるような気がしてよく見てみれば、さっきのふたり組のうちのひとりだった。
そいつが、ユースタス屋と一緒にいるおれをみてにこりと笑いかける。
友達なだけ、って、ホントだったんだな…。

「キッド、いらっしゃい」
「さっきはチケットありがとな」
「いいのよそれくらい。それよりほんとに大丈夫?うち、結構本格的よ」
「そりゃ楽しみだな」
「ふふ、そ。じゃあ…いってらっしゃーい」

一本だけのペンライトを受け取り入り口の暗幕をくぐって一歩足を踏み入れれば、
そこにあるのは静寂の世界だった。
窓という窓は外の明かりを入れないように潰してあって、
廊下にはおれたちを誘導するように青白いライトがぽつぽつと置かれている。
先程までおれたり二人をつつんでいた文化祭らしい賑わいも、
今は全く姿を潜めてしまった。

「…すげ、本格的って言うだけあるな」
「う、ん…お、ここ右だって」

廊下においてある矢印に沿ってひとつめの理科室に入ると、お約束のように人体模型やら
ホルマリン漬けやらが展示されているだけの部屋で、別に怖くは無かった。
ただ、今は文化祭でここはお化け屋敷で一緒にいるのはユースタス屋で、
そのこと自体がおれの緊張を高める。
雰囲気に合わせて声も心なしか抑え気味になっていって、
おれたち二人分の足音だけがやけに耳に響いた。

教室の出口あたりで、思い切って半歩先をゆくユースタス屋の左手…の、袖をつまんでみる。
ほんとは手を繋ぎたかったけど、自分からするのはやったことがなくて、なんとなく恥ずかしかったから。
暗闇に紛れて繋いでしまえばいいのにそれさえもできず、本当に自分の性格をのろいたくなる。
でも、次の瞬間にユースタス屋の足がぴたりと止まって、そんなこと考える余裕はどこかへいってしまった。

ようやくお互いの顔が見えるくらいの薄がりの中、おれを振り向くユースタス屋の表情がふわりと緩んで、
それと同時におれの手を暖かい手がぎゅうっと包んだ。
ただそれだけなのに、右手がまるで鼓動を打っているかのように、あつくなる。

「足元、気をつけろよ」
「…おれはユースタス屋についてくから大丈夫だ」
「あんまカワイイこと言うな、キスするぞ」
「してみろよ」

いつもとおなじ、照れ隠しの冗談のつもりだったんだ。
なのに、繋いだ手をぐいっと引かれ反対側の手で腰を引き寄せられて、足がもつれる。
目の前のからだにとびこむように抱きついてしまって、
思わずユースタス屋の顔を見上げると、そのまま唇を塞がれた。

「――ん、んっ、…は」
「…かわい」
「ば、か こんなとこで」
「おまえがしてみろって言ったんだろ?」

ほんの数秒前まで舌を絡ませて息を奪うようなキスをしておいて、
何事もなかったかのようにくすくすと笑いながらおれの頭を撫でるユースタス屋に返す言葉もでない。
おれは、一気に熱くなった顔を隠すように抱きつきながらここが暗闇でよかった、と心底思った。
こんなに真っ赤な顔を見られたらきっとしんでしまう。

「なぁユースタス屋、さっきの」
「ん?」
「チケットってやつ」
「ああ、うん、お前待ってる間にあいつら見かけてさ、もらっといたんだ」
「そうだったのか。…もらってよかったのか?」
「いんだよこれくらい。ていうか、コイビト連れていくからって言ったらくれた」
「…はぁ!?おれなんか連れてきてよかったのか」
「おまえ以外に誰がいるんだよ」
「……っ」
「それよりほら、歩けるか?おぶってやろうか」
「!もーからかうのもいい加減にしろユースタス屋、バラすぞ!」

右手を繋いだままの憎まれ口なんて全く効果はなかったようで、ユースタス屋はおれの頭を撫でるだけ。
おれたちはじゃれるように何度か触れるだけのキスをして、ようやくまた歩き出した。

いくつかの部屋といくつかの廊下を通って、出口を目指す。
お化けが出てくるたびに驚くユースタス屋はなんか新鮮だ。
おれは繋いだ手に力がこもるたび、顔がにやけそうになるのを必死で隠した。

最後に辿りついた部屋は手術室に見立てた保健室。ここはなかなか本格的だ。
本物ではないだろうけど、錆びたメスやピンセットが置いてあって、
床には血糊で汚れた包帯が転がっている。
何か出てこないかと周りを警戒するユースタス屋をよそに、
おれの目線は机の上においてあるひとつのファイルに釘付けになった。

「やっと最後の部屋か、長かった…」
「そうだな。あ…カルテだ、すげぇ」
「おまえよくそんなもん手にとれるな…血ついてるぞソレ」
「ほんとだ。血糊まで、すげぇ凝ってんな。だれが作ったんだろ」
「…おまえの感覚がいまいちわかんねぇ」
「失礼だなユースタス屋。……あ、うしろ」
「え……   ぅ、わ!!!!」




****
顔に包帯をぐるぐる巻いたお化けがいたのはちょっと前から気付いてたけど、
それがユースタス屋の真後ろにくるまで黙ってたのはホントに悪かったと思う。
そして、笑うのを我慢できないのも。
でもだって、本当にいつもの印象と違って新鮮だったんだ。

「う…そんなに笑うか?」
「だってユースタス屋が、うわって…、うわって」
「くっそ…かっこわりぃ」
「くく…苦手ならわざわざ行くことなかったのに」

あれから笑いの止まらないおれと、最後の最後におもいっきり驚いてしまったユースタス屋が
興奮を鎮めるために向かったのは、いつもの屋上だった。
ここは今日もいつもと一緒で、やわらかな日差しと
すこしつめたくなった風がふわりとおれたちを包んでくれる。
ユースタス屋は実は怖いのが苦手で、それを必死に隠していたのに
結局隠し切れなかったのがよっぽどくやしかったらしい。

本当なら気が済むまで一緒に時間を潰すんだけど、
残念ながら時計はそろそろハロウィンコンテストの準備開始の時刻を指していた。
よし、今度はおれがユースタス屋のご機嫌をとる番だ。

「ユースタス屋、お化け屋敷、たのしかった。つれてってくれてありがと」
「ん?うん」
「あと、おれのこと先輩にコイビトって言ってくれたのも。うれしかった。…ありがと」

おれの大好きな赤い瞳が、驚いたようにこちらを振り向く。
あまりの反応になんだか複雑だけどおれが素直に礼を言ったりするの滅多にないからな。仕方ないか。
首に腕を回して引き寄せて、『ありがとう』のキス。
ユースタス屋の表情が一気にうれしそうなものに変わるのを見てると、おれもおなじ気持ちになった。






改定履歴*
20101101 新規作成
学祭とか文化祭っていいですよね。一話で終わりきれなかったので、続きます。
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