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お気に入りの色 -4-

おれは今、ほんの一ヶ月前までは見ず知らずだった男の部屋のソファに座らされてコーヒーを飲んでる。

そこまで広くない1LDKの部屋は意外ときれいに片付いていて、
そこらにおいてある雑貨のひとつひとつが住人のセンスの良さを感じさせた。

先程から鼻腔を擽るのはカウンターキッチンの向こうから漂ってくるいい香り。
黒のシンプルなエプロンをきちっと着けてそこに立っているのは、
間違いなくあのスーツの男で…
その、なんというか、いつもとのあまりのギャップに先程から心臓がうるさい。

「なんだ、腹へった?」

おれはそんなにじっと見ていただろうか。赤い瞳と目線が合って、そう声を掛けられてしまった。
言葉が出ない代わりに首をふるふると横に振れば、
ユースタス屋は「もうちょっと待ってな」と柔らかい笑顔で言って調理を続けた。


なんでおれはこんなとこにいるんだろう。落ち着け、落ち着いてもう一度考えよう。

大学からの帰りに、電車で偶然ユースタス屋に会ったんだ。
朝とは違って余裕のある車内でのこいつはいつもと違う雰囲気で、
疲れているのか座るなり居眠りして、…おれの肩に、頭を預けられてドキドキした。
そのまま、降りる駅が近づいても起きる気配のない様子にどうしていいか解らず戸惑っていると、
急に目を覚ましたこいつに手を引かれて一緒に電車を降りたんだ。そこまではいい。

問題はそこからだ。「おまえ、もうメシ食った?」と聞かれたおれは、
いっしょに夕食食べに行けるのかと思って即返事をした、んだけど。

まさか連れてこられた先がユースタス屋の自宅マンションだなんて。
いや、駅のスーパーで嬉々としてあれこれ食材を買い込むこいつの様子から
気付くべきだったと言ったほうが正しいんだろうか。

家に着くなりコーヒーメーカーのスイッチを入れてスーツとコートを脱いだユースタス屋は、
何の戸惑いもなくエプロンを着けてキッチンに立った。
手元は見えないものの、鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌なこいつは、
言い方は悪いが外見からは想像つかない手際の良さで調理をはじめて今に至る。

よほどたくさんの量を作っているんだろうか、
「しばらく掛かるからコレ飲んで待ってろ」そう言って手渡されたコーヒーはそろそろ空になりそうだ。
ぼんやりと考えを巡らせていると、目の前にワインの瓶とグラスが置かれる。
続いて色鮮やかなサラダと、何かの魚のカルパッチョ。
おれは正直、食に対する興味が少なくて詳しくない。
でも、純粋においしそうだと思った。

「お待たせ」
「あ、手伝う」
「んじゃそれ持ってって。あとコレも」

てきぱきと飛ばされる指示通りに動くと、あっと言う間にテーブルの上には華やかな料理が並んだ。
なんだこれ。どこぞのパーティ会場か?

「んじゃ、おつかれ」
「…オマエこそ」

ユースタス屋は、ワインの栓を抜くと当然のように2人掛けソファのおれの隣に座った。
さっきの電車と同じくらいの近い距離に心臓が跳ねる。
でも当の本人はおれのそんな心情なんて知るはずもないから、
悔しいくらいいつも通りの表情でキレイな曲線のグラスにワインを注いでいた。

――落ち着こう。こんなに動揺してるのおれだけだ。それってなんかかっこ悪ぃだろ。

「食わねぇの?」
「…いただきます」
「ん、どーぞ」
「!!…旨い」
「そーか?よかった」

思わず口をついてでた正直な感想に、ユースタス屋の顔が綻ぶ。
あたたかい、春の陽射しのような笑顔だ。ああ、こいつも緊張してたんだな。
ふたりおなじ気持ちでいたことが嬉しくて、おれの緊張も解けていく気がした。

「なんで、こんなに上手なんだ?」
「趣味なの。平日はなかなか作れねーけどな」
「へぇ」
「ひとり分なんてめんどくさいだろ」

それはつまり、食べさせる相手がいない…彼女とか、いないってことだろうか。
やばい、嬉しい。顔がにやける。
おれは、勝手に緩んでいく顔の筋肉を誤魔化すべく、ワインを一気に煽った。

「大丈夫か?つうかオマエ、未成年だったりする?」
「今さらそれ聞くか?安心しろ、成人済みだ」
「そか、でもあんまり飲むなよ」
「ガキ扱いすんな」

我ながら迫力のカケラもない声だ。それはユースタス屋にとっても同じことのようで、
さっきの陽だまりのような笑顔を浮かべたまま、大きな手がおれの頭を撫でた。
…だから、ガキ扱い、すんなって。

でも、高めの体温が後頭部へゆっくりと滑る感覚は不思議なほどに心地よく、
飲み慣れないワインのアルコールと一緒になっておれの意識を溶かしていく。

そのせいだろうか、テーブルいっぱいに並んだうまそうな料理を
ぱくぱくと平らげていくこいつから目が離せない。
気持ちいいくらいの食べっぷりを見ているとなんとなくおれまで嬉しくなる。

「あーうまかった!もう食えねぇ」

食後のデザートとコーヒーまできっちり食べ終えると、ユースタス屋はそう宣言して大きく伸びをする。
すごい、あれだけあった料理が全部無くなってしまった。
確かにうまかったけど、元々小食なおれは多分ひとり分も食ってねぇぞ。
こいつはどれだけ健康体なんだ。
そう、驚きつつも感心していると、予想だにしていない事態がおこった。

「ちょっと、このまま寝させて」
「え、ちょ、ユースタス屋」
「動くなよ」

あろうことか、ユースタス屋はそのままころんと寝転がると目を瞑ってしまった。
おれの膝を枕にして。
心臓が、ばくばくと音を立てる。この音、聴こえてねぇだろうな。

「…あのさ」
「な、に」

今、返事いつも通りの声でできただろうか。自信がない。
こいつは何を言うつもりなんだ。言っとくけどこれ以上のサプライズなんて要らねぇぞ。
今だって逃げ出したいくらいなんだ。

いつもは会えないはずの帰り道で思いがけず会えて、
その上ユースタス屋の家にいるってだけで十分すぎるくらいなのに。
こんな体勢、緊張で死んでしまいそうだ。

「付き合ってくれて、ありがとな。気が紛れた」
「え?」
「仕事でな、ちょっとミスったんだ。凹むなんてガラじゃねぇが、やっぱキツくて」
「…ユースタス、屋」
「でも思いっきり料理しておまえと話してすっきりした。ありがとな」


いつもは満員電車でおれのことを守るようにして立つユースタス屋が、
今はおれの膝を枕に寝転んでる。いつもと違う、すこし小さな声。

おれはやっぱり、こいつと会ってから頭がイカれてしまったのかもしれない。
おれは男で、悔しいけどこいつはもっと男らしい男なのに、
そいつを『守りたい』と思ってしまうなんて。

「…んと、似合わねぇの」
「はは、だよな」
「トクベツに膝貸してやるから、早く元通りになれ」

これが、おれの精一杯。いつもより少しは素直になれた、かな。うん。
こいつにも少しは伝わったみたいだ。
黙って目を閉じる男の赤い髪をそっと撫でてみる。

今までずっと見るだけだったその髪は、思った以上にふわふわの手触りをしていた。







改定履歴*
20100513 新規作成
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