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お気に入りの色 -3-

意外にも親切なその男は、予想通り社会人だってこと。
会社の最寄り駅はおれが通う大学の2つ先の駅だってこと。
毎週金曜日はあの電車で、その他はもう一本早い電車に乗ってるってこと。
そして、家は偶然にも同じ駅だってこと。

…それから、名前。ユースタス・キッド。

仕事の忙しいユースタス屋の帰る時間はまちまちで、大体21時以降。
唯一残業のない水曜だけは19時には終わるらしいが、飲みにいったり遊びに行ったりで結局終電。
つまり残業なんてなくバイトもしてない大学生なおれがユースタス屋に会う為には、
苦手な早起きをするしかないってこと。

多いようで少ないこの情報が、具合の悪い中追いかけて聞き出した全てだった。



まだ睡眠を欲する自分の体をなんとか叩き起こして、冷たい水で目をこじ開け、
ふかふかのマフラーを巻いてお気に入りの曲を聴きながら駅へと向かう。
これが日課になってもう二週間が経った。

たくさんの人が駅へと吸い込まれるように入っていく光景は
相変わらず吐き気がするほど嫌なものだったが、ユースタス屋の赤をホームで見かけると、
それまでの憂鬱な気分はどこかへ消え去るから不思議なものだ。

顔を合わせればどちらからともなくおはようの挨拶をして、取り留めのない話題をふたつ、みっつ。
容赦のない満員電車の人波からさりげなく自分を守るようにして立つこいつは、最高にかっこいいと思う。
もちろんそんなことは顔にも声にも出せないから、赤くなる顔はマフラーに埋めて隠す。

今はいいけど、春になったらどうしよう。
隠すものがなくなるな。それまでに少しは慣れとかないと。



いつもはそうやって、おれが追いかけて朝の駅から駅までのほんの短い間だけ一緒に居られた。
だからまさか、予想もしていなかったんだ。帰りにも、会えるだなんて。

「…おつかれ、今日早くねぇ?」
「たまには早く帰ろうかと思って」
「ふぅん」
「お前は?」
「なんとなく、キリがいいとこまでレポート書いてた」
「へぇ、感心感心」
「ガキ扱いすんな、消すぞ」

おれのとなりにユースタス屋が座って、それだけでおれの鼓動は早くなる。
よっぽど疲れていたらしいこいつは、着いたら起こして、とだけ言うと
すぐに俯いて寝る体勢に入ってしまい、
何をしていいか解らなくなったおれはとりあえず本を出してみた。

いつもなら電車の中でまで勉強なんてしないが、でも本当に何をしていいか解らなかったから。
でも、当然ながら内容なんてちっとも頭に入ってこない。
そういえば、おれはいつも通学時間をどうやって潰していたんだっけ。

ぼんやりとそんなことを考えていると、いつものカーブに差し掛かった電車が大きく揺れて、
おれは殆ど読んでいなかった本を落としそうになった。
ユースタス屋の大きな体がおれに寄りかかってきたからだ。いろんな意味で心臓に悪い。


いつもは見上げるばかりの赤い髪が、目線のすぐ下にある。
ドキドキ心臓が早くなって、息の仕方がわからなくなって、すこし苦しい。
でもそれ以上に貴重なこの時間がひどく愛しくて、
……このまま、時間が止まってしまえばいいのに。


そうは思っても現実には無理な話で、元々そんなに長くない通学時間は
あと残り一駅分になってしまった。
本当ならとなりで寝ているこいつを叩き起こしてでも降りるべきなのは解ってるけど、体が動かない。

――もう一駅分、乗り過ごしてしまおうか。

そんなありえないことを考えている間に電車は止まり、
それまで大人しく転寝していたユースタス屋は不思議なくらいぱちりと目を開けて立ち上がった。
緊張していたおれの右半身から、すぅっと力が抜けるのがわかる。

「なにしてんだ、降りるぞ」

おれは余程呆けていたらしく、ドアの閉まる直前にユースタス屋に手を引かれて電車を降りた。

手を繋いだのはこれで二度目だ。
なんて、男相手にこんなことを考えてしまうおれは、結構ヤバいのかもしれない。







改定履歴*
20100328 新規作成
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