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お気に入りの色 -2-

「おはよっ、ローさん」
「…キャス、はよ」
「おれの声聞こえてました?あんまり大きい音で曲聴いてると危ないですよ?」
「はいはい。すみませんー」

後ろに居たのは、キャスケットだった。
人懐こい笑顔に応えながら、妙な期待をした自分を殴りたくなった。
冷静になって考えてみれば、ほんの十数分前まで見ず知らずだった男が
自分を追いかけて来る訳ないのだ。

顔が赤い、と指摘するキャスケットを適当にかわしながら大学までの道を歩く。
周りに目を向ければ自分と同じように寒そうに背を丸め、
コートに手を突っ込んで歩く学生ばかりだった。

無意識のうちに探していたのは、赤。あの男の髪の色だ。
しかしそれは、とうとう見つからずじまいだった。



****
ホームに電車が滑り込んでくる。世界一嫌いな筈の満員電車に乗り続けて一週間。
朝イチの授業なんて金曜日しかとっていないくせによくやるよ、
そう自嘲しながら、それでもあの日以来真面目に大学に通っている自分がいた。

理由は簡単、『あの男にもう一度会いたい』それだけだ。
ところが、どんなに朝早く起きても深夜まで寝付けないのは相変わらずで、
寝不足なのか何なのか今日は頭がズキズキと痛み、気分どころか体調まで最悪。

結局あの男にはあれからただ一度も会えなかった。
もしかしたら金曜だけは乗るのかもしれないと思って今日も頑張ったのに、
やっぱりあの赤は見当たらない。

あの日アイツがこの電車に乗っていたのは、きっと偶然だったんだ。
もう来週は絶対にこんな馬鹿げた早起きはやめよう。

そんなことを考えていたから、注意力散漫になっていたんだろう。
気付いた時にはもう遅くて、近づかないようにしていたのに
開かない方のドアに押し付けられて腰から尻辺りをまた触られていた。

ふざけんな変態、おれは体調が悪いんだって。
もう本当にムカついて、前に伸びてきた手を今度こそ折ってやろうと思いっきり掴んだ、はずなのに。
頭が痛くて力が入らない。
ああもう、アイツじゃなくてもペンギンでもキャスケットでも誰でもいい、
この邪魔な変態をどっか遠くにやってくれ。

頭の中でそう思った瞬間、後ろで人の動く気配がした。
振り向かなくてもわかる、このニオイ。

――やっと会えたんだ。ほっとすると同時に力が抜ける。

邪魔な手は今回も捻り上げられたらしい。でもそんなこともうどうでもいい。
なんとかドアに背を向けてみれば、目の前には少しだけ見えるあの赤。
なんだ、帽子なんか被ってるからわからなかったんだ。
なんで帽子なんかで隠すんだ。おれはこの色が大好きなのに。

「お前、ボーっとしすぎ」
「うるせぇ…」
「?…体調、悪いのか?」
「ほっとけ、何でもねぇよ」

なんでこんなセリフしか言わねぇんだおれの口は。
違うだろ、そうじゃない。ありがとう、って言えって。気分悪い、助けてって。

電車がカーブに差し掛かる度にふらつく足は、もうそろそろ限界だった。
目の前の大きな腕に掴まってしまおうか。
でも、振りほどかれるかな。そう考えるとなかなか決心がつかない。

そうしているうちに、電車は一段と大きく揺れて、ドアが開いた。
ホームの方を見ると、乗り込んでくるたくさんの人、人、人。
目の前が暗くなりそうだ、というか、もう遅い。ヤバイ。
でもこんな身動き取れないとこじゃ卒倒もできやしねぇ。
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃなくて。

「…う」
「!!待て待て!スイマセン降ります!」

耳元でデカイ声が聞こえて、ドアが閉まる寸前に腕を引っ張られてホームに降りた。
そのままベンチに寝かされて、一人になる。

…かっこ悪。そして寒い。頭痛い、気持ち悪い。
アイツどこ行ったんだ。まだ、礼も言ってないのに。
これで置いてかれたらもう、次会えてもどんな顔していいかわかんねぇだろ。

それにしてもここは寒くて、こんなトコで寝てたら治るものも治らない。
そう思って、なんとか体を起こした時だった。

「おい、無理すんな。大丈夫か?」
「…お前、会社、遅刻とかすんじゃねぇの」
「顔、真っ青。人の心配してる場合かよ」

満員電車の外で初めて見るその男は、コートの下にスーツを着ていたから、
多分社会人だろうと思って声を掛けたのに、いいからもうちょい休んでろ、
と温かな緑茶とポカリを同時に手渡される。

…何でここまでしてくれるんだ?おれのこと覚えてたんだろうか。
聞きたいことは沢山あって、頭で考えてるだけじゃ伝わらないのは重々承知だけど、
何も言葉にできない。

自分は余程気分の悪そうな顔をしているんだろうか。
赤い瞳が心配そうにこちらを見ている。

「いや、迷ったんだけどどっちがいいかわかんなかったから」
「…ありがとう」

そうじゃないんだけど…。でも気遣ってくれているのが正直に嬉しかった。

それ以上何も言えなくて座ったまま。温かいペットボトルが、寒くて凍えそうな手を温めてくれる。
隣の男はおれが選ばなかった方のポカリを、冷てぇと文句を言いながら飲んでいた。

…名前。そうだ。名前だけでも聞こう。この礼をするって言って。
途中下車して電車を3、4本ほど見送った後、
ようやく辿りついた考えに沿って口を開こうとしたところで次の電車がまたホームに来て、
それと同時にその男は立ち上がった。

嘘だろ、だからまだ何も言ってない。やっぱり電車は嫌いだ。こんなタイミングあってたまるか。

「ちょっとはマシになったか?んじゃおれ、会社行くわ」
「あの」
「お前はもー今日はおとなしく家帰って寝てろ。じゃーな」
「待…っ」

――言葉が出ないからって、後を追ってまた大嫌いな満員電車に乗り込んでしまったおれは、
我ながら馬鹿なんじゃないかと思う。






改定履歴*
20100215 新規作成
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