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あなたの名前

「風呂はいりてぇ」
「いーよ、先入って。いつもおれ先に入れてくれるし」
「何なら一緒に入るか?」
「え」
「意外に広いし、日当たりもいいぜ」

キッドの部屋でいつものように抱き合った後、
冗談のつもりで声を掛けると、意外な答えが返ってきた。

「うん」


なんとなく、一緒にお風呂、というのは今まで無かったのだ。
避けてきたと言ってもいいかもしれない。
いや、正確に言うと関係を持ち始めた頃に一度だけ誘ったことがある。
しかしローは綺麗な藍の瞳を少し翳らせてふるふると首を横に振っただけだった。

それは、ローが心のどこかで、男同士だということを気にしているという証拠のように思えて、
少し残念のような、寂しいような、そんな複雑な気持ちだった。
でもそれはどうしようもできないし、気にするなと軽々しく言えるような事ではない。
だからキッドもそれ以上無理には誘わなかったのだ。

そのローが、誘われたからとはいえ一緒に入ると言ってきたのだ。
一体どうした心境の変化だろうか。
一瞬の間に様々な想いが脳裏を駆け巡ったが、
またひとつ、自分に心を許してくれたように思えて、単純に嬉しかった。



****
チャプン。
心地よい水音がふたりを包む。

温めの水温は、ゆっくりと浸かれるようにと考えた結果だった。
人よりすこし体温の低いローにとってはちょうどいい温度のようで、
最後まで自分で自分の発言に戸惑っていたようなローだったが、
お湯に浸かってからは終始ご機嫌だった。

バスタブの淵に腕をのせ、鼻歌でも歌いだしそうな位に嬉しそうなローの横顔を見ながら、
キッドは穏やかな幸せを噛み締める。
それはローも同じのようで、ふとキッドの方を振り向いて

「な、ユースタス屋、一緒に風呂っていいな」

とびきりの笑顔と共にそんな言葉が出てくるほど。
キッドは、そうだな、と一言だけ返すと
不意打ちの可愛さに赤面しそうになる顔を隠そうとふいと横を向く。

ローはそんなキッドの気持ちを知ってか知らずか、体をキッドに向かって反転させ、
キッドの脚をバスタブの淵代わりにしてうつ伏せのまま上半身を預けてきた。
そのまま、上目遣いでキッドの顔を覗き込む。

「ユースタス屋?」

返事が無い。

「なあ?」
「…」
「……キッド?」

―――本当に、こいつは。一体今日は何なんだ。
別に神様とやらは信じちゃいねェが、
これが神様の気紛れで与えられるご褒美だとしたら、特別に信じてやってもいい。

男にしては細い、でもしなやかな筋肉のついた腕を掴むとそっと額にキスをした。
そのまま瞼、頬、そして唇へと軽くキスを落としていく。

「んっ」
「…はぁ」

もう一度、唇へと。長くて甘い、丁寧な口付け。
それはまるで、愛しているという言葉の代わりのように。

そのまま抱き起こし、自身の膝の上へとローの体を乗せる。
ぎゅ、と抱き締めて薄い胸に顔を埋めると、
お前の髪擽ってェよ、と頭上でローが嬉しそうに笑う声が聞こえた。

「お前、初めておれの名前呼んだ」
「そういえば返事してくれるかと思って」

暫く後に顔を上げたキッドが包み込むような笑顔でそう言うので、
ローもつられて笑顔で応えた。

二人の間に確かにあった、目に見えない壁のようなもの。
それが、溶けて無くなっていく実感――


すこし上気した頬は、お湯のせいなのか、それとも幸せのせいなのか。
コイツの瞳の端にうすく光るものが涙だとしたら、後者だろう。





end

改定履歴*
20090907 新規作成
ローがキッドにすこし心を開いた瞬間のお話です。
キッドは、戸惑ってるローのことをじっと見守っててくれるとかっこいいなー
と思いながら書きました。
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