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first contact 〜待ち合わせ

ぎらぎらとした太陽が、容赦なく甲板を照らす。ここはグランドライン上にある数々の島々のうちのひとつ、夏島。ハートの海賊団の船がこの夏島に停泊して3日が過ぎようとしていた。

この島に着くなり船長から当分の間の停泊宣言を受けたクルーたちは、海で泳いだり街に出かけたり思い思いに久々の休暇を楽しんでいた。

ローはというと、特にどこに出かける様子はない。ただ、時間ごとにまるで猫のように船の中の居心地のいい場所を見つけてはそこで本を読んで過ごす。

今日もいつものように午前中は甲板にいたローだったが、太陽が中天に差し掛かるころになるとその暑さに耐えかねたらしい。

船長室に戻ってくるなり、もう限界とばかりに服を脱ぎ捨てシャワーを浴びると、濡れた体をそのままにごろんとソファに寝転んだ。

「暑…」

口から漏れるのは、この暑さに対する不満。でも本当は、この不機嫌の理由はもうひとつあるのだ。

でも、それを口にすればなんだか、自分の負けのような気がして――…

ローは、黙ったまま右手を天井に向かって突き出す。しなやかな筋肉のついた細身のそれには目立つ傷ひとつなく、お気に入りの刺青がよく映えていた。

目線を指先に向かって滑らせれば、中指に光る無骨な金属。これは、初めてキッドと関係を持った次の朝に彼によって嵌められたもの。

ローの細い指には少しだけ不釣合いなデザインは、もとはキッドの私物だったからだ。新しい物を買いに行こうというキッドの言葉に首を横に振ったのは、たとえデザインやサイズが合わなくても、今までキッドが身に着けていたものがいい。そう純粋に思ったからだった。

「…遅ぇ…」

そう、ローの待ち人は、キッドだった。そして不機嫌の理由とは、彼が約束の時間を2日すぎても姿を表さないから。

シャボンディ諸島でお互い出航して以来、キッドは思い出したかのように連絡を寄越し、手近な島で逢っては数日間を一緒に過ごす。

あの力強い腕で抱きしめられる瞬間、離れていた時間も距離もあっと言う間に埋まる気がするのだ。ローは、それで十分幸せだった。

今回この島に夏島に立ち寄ったのも、数週間程前にキッドから連絡が来たからだ。

いつもならばきっちりその日その時間に姿を現す恋人が、今回に限ってその気配すらない。連絡も、途絶えたままだ。

もしかして、からかわれただけなのだろうか。それとも、男同士で抱き合うなんて飽きたのだろうか。昨日から幾度となく頭に浮かんでくる後ろ向きな考えに、じわりと浮かんでくる涙に気付いたローは慌てて目を瞑って頭を横に振った。

やけに高まる鼓動が落ち着いて、ゆっくりと目を開く。右手には、そんなローの気持ちなどお構いなしにいつもどおり指輪が光っていた。誰にも吐き出せない不安な気持ちがすべて集まって、途端にそれが鬱陶しくなる。

――こんなもの大事にしてるからって、何になるってんだ

なんとなく、これを付けているだけで自分とキッドの間には何か目に見えないもので繋がっていれる気がしていた。離れていても、自分が彼を想うように彼も自分を想ってくれているのだと。

でもそれならば、時間通りに来るはずではないか。来ないってことは、…悔しいけれどキッドの中の自分の存在が、思っていたよりもずっとずっと小さいってことで……

バカバカしい、そう自嘲するように今までシャワーの時すらも肌身離さずつけていた、指輪をはずす。サイズの合わないぶかぶかのそれは、するりとローの指から外れた。


――あいつに捨てられるくらいなら、いっそおれが捨ててやるよ


元々おれは受身は嫌いなんだ。そう自分に言い聞かせるように指輪を放る。ローの手を離れ床に落ちたソレは、小さな金属音を響かせた。


これで終わり。全部終わりだ。


そう自覚してしまえば、あまりのあっけなさに乾いた笑みすら浮かんでくる。ローが目元を覆ってしばらくそのまま動けずにいると、静かに扉の開く音がした。

ああ、またペンギンだろうか。こんなカッコで寝転がってたらまた風邪引くって怒られるな。休暇だって言ってるのに、好き好んでおれの世話をし続けるなんてアイツも相当変わってんな―…



「おい」


ローに向かって掛けられた声は、予想していた聞きなれたペンギンものではなかった。それは今の今まで待ち望んでいた声で―…ふるり、と全身が震える。

たった一言なのに、ただそれだけでこんなにローの心を乱せる声の持ち主は、ひとりしかいないのだから。

「トラファルガー、聞こえてんだろ」
「んだよ、今更」
「もしかして怒ってんのか?」
「…ああ。もうお前とは会わないって決めたとこだ」

――いまさら抱きしめられてもキスされてもこの決心は揺るがない、と思っていたのに。

こんなに簡単にそれが覆されてしまった。ソファの上から動けない、恋人の顔も見れない可愛げのカケラもないおれのことを、ふわりと抱きしめてくれる腕があったから。

キッドは、ローの目元を覆う腕や堅く閉じられたままの瞼にひとつひとつ丁寧に唇を落とす。そのたびに少しずつ朱に染まっていくローの頬を、ただいとしいと思った。

「そんなの忘れちまえよ」
「だって、お前を待つ時間がつらくてしにそうだったんだ」
「悪かった。その倍の時間こうやって抱きしめといてやるから許せって」
「なに言ってんだよ、……」

ローの右手には、床に放った筈の指輪が嵌められた。そこにも丁寧にキスを落とす仕草に導かれるように恐る恐る瞼を開けば、そこにはあきれるくらいいつもどおりのキッドがいた。

知らずこみ上げてくる涙を隠すように恋人の肩口に顔を埋める。キッドはそんなローを抱き起こすようにして自身の膝の上に向かい合わに座らせて、あやすように背中を撫でるのだった。


「…ユースタス屋」
「んだよ」
「こんな指輪ひとつで縛っとけると思うなよ」
「思ってねぇよ」
「あんまりほっとくと、お前のことなんて忘れるんだからな」
「おまえがおれを忘れても、また思い出させてやる。一生逃す気なんてねぇから覚悟しとけ」
「……ばかじゃねぇの…」

言葉の合間合間に与えられるキスで、ローの中にあった先程までの不機嫌さや不安は跡形もなくとけてきえてしまった。それを見越したように不敵に笑うキッドに、ローは抗議の意味を込めて首筋に噛み付く。

「いて、何すんだ」
「お前が遅れるのが悪ィ」
「悪かったって、でも重要なのは今日だから。ギリギリ間に合ったから」
「…何のことだ」

次に噛み付いたのは、キッドだった。シャワーを浴びたまま何も纏っていないローの乳首にゆるく噛み付き、舌で押しつぶすように舐めあげる。ただそれだけで、ローの唇からは甘い声が上がった。

「…っや、ゆーすたすや、なに」
「マジで今日が何の日か忘れてんのか?」
「え…?あ!」
「まあいいか…都合よくオマエ裸だし、忘れてんなら思い出させてやるよ」
「っあ、あ!ま、待ってユースタスやぁ…っ」


――おまえは忘れてるかもしれないけど、一年前の今日、おれたちは始まったんだ

一年前も今日も、一年後も。
ずっとお前だけを見てる。愛してる、トラファルガー





end

改定履歴*
20100811 新規作成

サイト一周年企画『うちの左側たちがこぞってローたんを愛でる』という一人ロー受け祭りキドロver。うちのキドロの基本の「first contact」の続きっぽいイメージで書きましたー。「first contact」は私が初めて書いたお話なのですごく印象に残ってます。これを好きといってくださる方もいらっしゃって、すごくうれしいです。いつもありがとうございます!
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