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tranquilizer

静かな夜だった。
グランドラインに入ってからと言うもの、昼夜問わず気紛れに変わる天候と
海王類の襲来を受けたりと慌しい日々を過ごしてきたから、
こんなに穏やかな夜は久しぶりだ。

夜空には雲もなく、カーテンを開け放した船長室の窓からは、
真っ暗な中にきらめく数え切れないほどの数の星が見える。
春島が近いのか、気温は暑くも寒くもない適温。
規則正しい波の音と、時折吹く風の音以外には何の音もしない、
ゆっくりと休むには贅沢すぎるほどの極上な時間。

――なのに。
船長室の主であるローは、先程から幾度めかの寝返りをうっていた。眠れないのだ。
別に、何か病気であるとか昼間しか寝れないタイプであるとか、これといった理由がある訳じゃない。
ただ単純に、思い出したかのように夜眠れなくなることがある。それが、たまたま今日だっただけ。

いつもならば、眠れなくても天候や海王類への対応でばたつく船内の
【人間の気配】に安心して、ぼんやりしているうちに眠りにつくことができた。
起きているのは自分ひとりじゃない、と思うことができたから。
だけど、こんな風に人の気配のない夜は、
まるでこの広い海に自分ひとりしかいないような錯覚に襲われるのだ。
目を瞑れば完全な闇。まるで、暗い暗い海の底にまっさかさまに堕ちていくような――…

「…っはぁ、くそ」

もう限界、とばかりに上体を起こしたローは、自らの手でくしゃりと前髪を掴んだ。
起き上がる際に勢いをつけすぎたせいか、くらりと目の前が歪む。
暫くベッドの上で俯いていたローだったが、添い寝していた白クマのぬいぐるみを抱き上げると、
そのままベッドを降りた。

ぺたぺたと足音をさせて向かうのは、隣の副船長室へと繋がっている内扉。
副船長であるペンギンには、他のクルーに示しがつかないからあまり使わないように
と言われているが、今そんなことはどうでもいい。
カギのかかっていないドアノブを回せば、扉はローを迎え入れるかのようにすんなりと開いた。

部屋の中は予想通り真っ暗だったが、暗闇に慣れた目で、
ペンギンによってきっちりと整理整頓された普段からよく知る部屋の中を
ベッドまで辿り着くのは簡単だった。
ベッドの上のペンギンは、壁の方向を向いてすやすやと眠っていた。
普段の彼ならばドアが開いた時点で目を覚ましているだろうに、
ここ数日間の夜の慌しさでよほど疲れているらしい。

ローは、彼を起こさないようにできるだけそっと布団をめくると、
白クマのぬいぐるみを枕元に置いてベッドに潜りこんだ。
目の前にある、大きな背中にくっつく。あたたかな体温、ほっとするペンギンの香り。
まるで、自分たちふたりを見守っている白クマのぬいぐるみまでもが
つられて寝てしまうような穏やかな雰囲気がローを包み、それはひどく彼を安心させた。

「ぺんぎん…」

思わず、唇がだいすきな名前を紡ぐ。完全に無意識だった。
しまった、起こす気なかったのにな。
それでも、予想通り自分の声に反応して寝返りをうつ恋人が愛しい。
頭の下に腕が回され、それはローの枕になる。
同時に、腰に回された腕に引き寄せられて、ローの顔はペンギンの胸板に埋もれた。

「……ロー、どした…?」

自分の名を呼ぶ寝起きの掠れた声が、耳の傍で響く。
真っ暗なのにおれって解るんだ、そう思って不覚にもにやけた顔は、ペンギンに押し付けて隠した。

――とくん、とくん

ペンギンの、胸の中心から静かに響く規則正しい心音は、
ローにとって昔からいちばんの安定剤だった。
幼い頃の記憶を辿ってみれば、最後に行き着くのはこの音。
目で見た景色やいろんなもののにおい、そんなものよりもずっと昔から脳に刻まれている、
一番ふるい記憶。

何年経っても決して変わることのないそれを聴いていると、
意識がゆっくりと、でも確実に遠ざかっていくのがわかる。
ゆっくりと自分の髪を梳くように撫でる大きな手から与えられる心地よさが、それを加速させた。

――あ、おれ、いまなら寝れるかも

そう夢現におもったのを最後に、ローは意識を手放した。


数分後、副船長室のそう広くないベッドの上にあったのは、
穏やかに眠るローと、彼を守るようにしっかりと抱えて眠るペンギンの姿。
ベッドの横にある窓からは、月の光がふたりを包むようにやわらかく照らした。






改定履歴*
20100607 新規作成
ペンギンのベッドに潜りこむローたんが書きたかったのです。
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