top * 1st * karneval * 刀剣 * utapri * BlackButler * OP * memo * Records

melt.


「…浮上しろ」







 静かな声が、船長室に響く。一礼して操舵室へと走っていくキャスケット帽を被ったクルーの背中を見送ってローはひとつしずかにため息をつくと、窓へと視線を移した。
 分厚いガラスのむこうに見えるのは、深い深い青と、わずかな気泡。もう少しでこの神秘的な光景としばらくお別れだという気持ちとこれからの新しい海への期待が織り交ざっているのだろう、ローの深い藍の瞳が、複雑そうにゆらりと揺れた。

「ようやく、だな」
「――ああ」

 そんなローの気持ちを察したように、隣のソファに座っていた男が手に持っていた書類を纏めてテーブルへと置きながら、声を掛ける。
 『ようやく』とはきっと、あの日から今日までの期間を言っているのだろう。そう、ローがシャボンディ諸島で麦わらのルフィ、それからユースタス・キャプテン・キッドに出逢ってから実に1年半程の時間が経っていた。

「随分嬉しそうだな、ペンギン」
「ええ、まぁ」
「なんだよ、そんなに退屈だったか?」
「いや…」

 ふたりきりの船長室で、副船長としての仮面を脱ぎ捨てたのだろう。ペンギンはソファに深く沈むと、それまでの柔和な表情とは違う狼のように鋭い視線をローへと投げかけた。もちろん、口元は緩く弧を描いたままだったが、それが逆に迫力を増す。



「あなたが色々『遊んで』くれるからおれは気が気じゃありませんでしたよ。まさか目的を忘れたのかと」
「――はっ」



 それでも、ローだって幼馴染の一睨み程度で怯むような男ではない。細身で整った顔立ち、一見したら海賊船の船長には見えないような姿をしているが、こう見えてその首には2億という大金が掛けられている『死の外科医』なのだ。

「おまえに冗談は似合わねェな」
「ばれましたか?」
「下手な冗談だ」
「慣れないことは言うものじゃないですね」

 ローはくすりと笑ってグラスに注いであったワインを一口飲むと、上目遣いで挑発するようにペンギンの瞳をじっと見つめた。深い藍と、漆黒の瞳が交わって、その距離がゆっくりと近づいてゆく。

「それに、退屈な冗談……だな。おれが目的を忘れたって?」
「そうですね、もしそうならば、おれがあなたにその称号を取ってもらう準備をしないといけないかと心配しましたよ」
「それこそ、無駄な心配だ。おれは――」

 一人掛けのソファに座っているローのからだに、鍛えられたペンギンのからだが覆いかぶさってゆく。ソファの背凭れに両手を置かれ、閉じ込められるような体勢になっても、ローは動じることなく悠然と脚を組んで目の前の男の瞳から目を逸らさない。

『取るべき椅子は、必ず奪う』

 唇が触れるか触れないかの距離で囁かれた、いつかの自分の台詞。それがペンギンの唇から紡がれたことに驚いたのだろう、一瞬だけ、瞳を丸くして驚いたようだった。

「知ってますよ、何年あなたと一緒にいると思ってるんですか」
「へぇ?」
「海賊王の称号は、あなたが自分で手に入れるんでしょう?」
「その通りだ、よくわかってんじゃねェか」

  ローはワンピースを手に入れ、海賊王の称号を得るという航海の目的を決して忘れてはいなかった。あの日から今日に至るまでの一年半、新世界に入らなかったのも時期を待っていただけ。今ようやく、その時がきたのだ。

 それを遊んでいたなどと言われてカチンときたのだろう。目の前にある恋人の喉元から顎をつうっと指でなぞり、実に愉快そうな声で辛辣な言葉を掛ける。

「要するに、おまえの出る幕はねぇってことだ」

 今度は、ペンギンが目を丸くする番だった。だがそれも一瞬、帽子の下に隠されていた整った顔の口角をくっと上げて笑顔を作ると、添えられていたローの手をとり、その甲にそっとキスを落とす。

「いいえ、そんなことはありません。おれはあなたが自分では手に入れられないものをあげましょう」
「へェ…おれが手にいれられないものなんてこの海にあると思うか?」
「ええ、ひとつだけね」
「おもしろいじゃねェか。言ってみろよ」
「それはもちろん――」








melt.
とろけるような愛を、あなたに







改定履歴*
20110305 新規作成
サイトクローズ時の挨拶代わりのお話でした。
- 17/17 -
[] | [次]



←main
←INDEX

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -