苺、ひとつぶ -5-
「坊ちゃんは、私を誘うのがお上手になりましたね?」
「んっ、や、誘ってなんか」
「あんなにいやらしい表情で私を見ておいて、何を仰います」
「!あ、ちょ、待てっセバスチャン…!」
「先程もそう仰って、私が待ったら、貴方がお誘いくださったのでしょう?」
――今度こそ、待ちませんから。
セバスチャンはそう言ってにこりと笑ってみせ、シエルの服を脱がす手を休めることはなかった。
手袋を脱いだままの手は幼いからだからジャケットとベストを取り去り、
首元のリボンを解いて迷いなくシャツのちいさなボタンを外してゆく。
せめてもの抵抗で目の前の執事の顔を睨んでみても、涙が溜まったままの瞳では
まったく効き目はなかったようで、かわりに宥めるようなキスがひとつ降ってくるだけだった。
春先とは言えまだすこし寒い空気に触れて身震いをすれば、
それに気付いた大きな手がそっと撫でるようにあたためてくれる。
たったそれだけで、シエルは自分のこころが絆されてしまうのを感じてしまった。
自分で脱がせたくせに、こういうところは優しいんだよな…と半ば諦めに近い気持ちで
その暖かな手のひらにからだを任せてみれば、なお優しく触れてくれる大きな手が心地いい。
今が昼間で、ここがソファの上でなければうっかり目を瞑ってしまいそうになる程。
「…セバスチャン」
「はい」
「寒いから、早くあたためろ」
「イエス、マイロード」
覚悟を決めてそう口にすれば、向かい合わせにシエルを抱いたままのセバスチャンは
先程よりもずっと嬉しそうな笑顔でそれに応えた。いつもの完璧な笑顔とは違う、本心からの笑顔。
それが見分けがつくようになったのはいつ頃からだろうか。
悪魔が本心から笑顔なんて…とは思う。でも、それに絆されているのも事実だし、
何より、そんな表情を自分がさせていると思うと素直に嬉しい。
結局はシエルだって、自分を愛してくれる恋人のことが好きなのだ。
改定履歴*
201103022 新規作成
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