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おやすみなさい


「お邪魔しまーす……」

 しんとした本丸の廊下をそっと歩いて訪れた部屋の襖を開けながら、聞こえない程度の大きさでそう声を掛けた。
 返事を待たず部屋に入って、後ろ手に襖を閉める。ぱたん、と静かな音が、真っ暗な部屋に溶けた。
 今はもう丑三つ時を回ったところ。
 この部屋の主である兼さんは寝ているから当然ながら灯りはついていなけれど、大丈夫。幸いにも夜目は利く方だ。

 こんな夜更けに兼さんの部屋を訪れたのには、勿論理由がある。
 先日初めて赴くことになった戦場。
 それは夜の京都の市街地だった。狭い市街戦で有利となるのは、小回りの利く短刀、そして僕ら脇差だ。
 光栄にもこの合戦場で部隊を率いる役目を任せてもらっている僕は、毎晩のように出陣している。

 闇討ち、暗殺、お手の物!
 いつもつい口にしてしまうその台詞に、嘘はないよ。
 毎晩の出陣だって、誉をとれば助手である僕の働きがひいては兼さんの為になるかもしれないんだから、苦にもならない。むしろ、信頼して任務を任せてくれる主さんには心から感謝してるくらいだ。

 けれどやっぱり、人の姿形をしている以上、溜まるものはたまってしまうわけで。
 そして生活している時間がずれているから兼さんと一緒に寝ることもできなくて。
 そう、僕は今つまり、俗に言う『溜まっている』状態なのだ。

 たとえばこれが、兼さんと出会う前だったら。
 兼さんと気持ちが通じあう前だったら、ひとりで処理して誤魔化すことだってできたかもしれない。
 だけど僕はもう兼さんとそういう仲になっていて、同じ屋根の下で生活していて、ほんの少し勇気をだせば触れられる距離にいるのに、ひとりで処理なんかしたって全然満足できないよ。
 だから今日は、寝ている兼さんには悪いけど、少しだけ愛情をもらいたいなぁと思って兼さんの部屋にやってきたんだ。



 ここに来る前に湯浴みは済ませた。僕は闇討ち暗殺だけじゃなくて、長風呂のフリをするのだってお手の物になってしまったよ兼さん。一緒に風呂に入った骨喰や鯰尾の背を見送り、一人になった風呂場でこっそりと準備だってした。
 僕のそこはもう準備万端で、だからもう後は、寝てる兼さんのものを邪魔な浴衣から外にだして、たたせて、受け入れるだけ。

 幸いにも、兼さんは僕が忍んで来ても目を覚まさないくらいによく寝てくれている。布団を剥いでも、少し身じろぐだけ。
 ごめんね兼さん、せっかく寝ていたのに肌寒いよね。もうちょっとだけ、我慢してね。

(……よし、)

 やるぞ、と心の中で気合を入れて、僕は兼さんの腰のあたりに跨った。そしてまずは兼さんの浴衣の帯を解くべく手を伸ばす。
 体の真ん中より少し横のあたりできれいに結われた、兼さんの着物と同じ深い赤の帯。
 あぁ兼さんはやっぱり、自分でやっても綺麗に結えるんだよね。さすがかっこよくて強い、僕の大好きな兼さんだ。
 けどごめんね、今は解かせてもらうね。明日になったら、身支度に向かう前に僕が綺麗に結いなおしてあげるからごめんなさい。兼さんには聞こえないけど、心の中でそう謝った。

 慎重に帯の端を引っ張ってみると、きっちりと結われているそれは、案外すんなりと解けてくれた。二重に腰に巻かれたそれを緩める為に、浴衣と帯の間に指を入れて手前に引く。しゅるりと衣擦れの音がして、兼さんの瞼がぴくんと動く。

 ――起きないで。もうちょっとだけでいいから。
 心の中で願うように繰り返しながら、一気に帯を引き抜く。

「…………っ!」

 僕の祈りが通じたのか、兼さんは目を覚まさなかった。僕はめでたく、兼さんを起こすことなく、浴衣の帯を解くことができた訳だ。
 ほう、とひとつ息をついて、改めて兼さんを見やる。なんだか新鮮な眺めだった。
 もしかしたら、この体勢でこんなに落ち着いて兼さんを見ることができるのは初めてかもしれない。
 だっていつもはこんな、冷静に物事を考える状態でなんていさせてもらないから。息をつく間もなく下から突き上げられて、目なんてとても開けていられない。

(〜〜っ、何考えてるんだ、僕は)

 思い出した途端に、下腹のあたりに熱が集まるのがわかった。
 確かめなくても解る。僕は今、勃起している。何やってるんだろ、僕がしてどうするの。おっきくしてあげないとだめなのは、兼さんのものなのに。

 ふるふると頭を振って、雑念を払う。とりあえず、せっかくを帯を解いたのだから次は肌蹴させてしまおう。
 両手で合わせの部分を持ち上げ、そっと左右に開いてみた。顕になる兼さんのからだに思わずため息が零れる。
 こどもみたいに薄っぺらい僕のとは違う、しなやかに筋肉のついた、均整のとれた成人男性のからだだ。とてもきれいで、なんだか照れてしまうくらいだった。

 本当は、このまま褌に手を掛けるのが、兼さんとつながりたいという僕の望みへの一番の近道だってことは解っているんだ。
 でもこんな、こんなに綺麗なからだを見たら、そこに触れたいと思うのはもう当然のことだと思う。
 僕は、ちょっとの間だけと決めて上体を倒し、兼さんにぴったりくっついた。すべすべの肌から伝わる体温が心地いい。

 人の欲望というものはどうしてこう、際限がないんだろう。
 ちょっとだけくっついたら満足するはずだったのに、今度はそこに触れたいと思った。そっと唇を落とす。離れがたくて、もう一度。次はまっさらなそこに痕を付けたくなる。いつもは兼さんがそうやってくれているように。

「……ん、」

 以前に兼さんが教えてくれた通り、鎖骨の下のあたり、皮膚の薄いところに唇を寄せ、すこし強めに吸う。
 ちゅぱ、と音がなって唇が離れたと同時に、頭の上から兼さんの寝ぼけたような声が聞こえた。
 あ、まずい、なんて思った瞬間、僕の背にがしっと兼さんの腕がまわされる。

「――っ、か、かねさ……っ」

 しまった、起こしてしまった。
 どうしよう、何でここにいるんだなんて聞かれたらどう答えればいいんだろう。
 兼さんと別々で寝る日々が続いて、欲求不満になって、我慢できずに勝手にしようとしましたって?
 そんなの言えるわけがない。じわりと全身に汗が滲む。
 あれほどあった性欲なんて、もう本当に一瞬で消し飛んでしまった。
 今僕の頭を占めるのは、なんとかしてこの場をごまかさなきゃってただそれだけ。

「っ、あの、あのね兼さんっ」

 とりあえず何か取り繕おうと焦る僕に対して、兼さんは何も言わない。ただ僕を抱きしめる腕に力を込めて、すやすやと寝息を立てるだけだ。

 ……ん?
 寝息?

「……、兼さん?」

 そおっと、兼さんの顔を見上げてみる。
 かっこいい切れ長の目は瞑られたまま、開けられる気配もない。何も言ってくれない口元は、楽しい夢でも見ているのかゆるく弧を描いている。
 なんてことはない、兼さんは寝ぼけて僕を抱きしめただけだったのだ。

「……はぁ、なぁんだ……もう、」

 本当に本当に、驚いたよ。自分の早とちりに気がついて全身から気が抜ける。
 ぺたんと頬を兼さんの胸に乗せると、兼さんはゆったりした動作ながらもよしよしとばかりに頭を撫でてくれた。
 くにひろぉ、なんて僕の名前を呼びながら。

 ――ねぇ兼さん、寝てても僕だってわかるの?
 寝てるのに、撫でてくれるの?

 きゅうっと、胸の奥が苦しくなった。驚きのあまりか安心からか、思わず滲んだ涙が零れそうになって、あわてて瞼を閉じる。
 かねさん、と名前を呼んで、そのまま抱きついた。頭を撫でてくれていた手が、また背中に回される。
 このまま寝ちゃったらどんなに気持ちいいだろう。兼さんに重いって怒られちゃうかな。というか明日兼さんは普通に早起きして出陣、僕はまた夜戦に備えないといけないから、自分の部屋に戻って寝なきゃいけない、んだけど……。

 兼さんの上にのったまま抱きしめられて、寝言まじりに名前を呼ばれて。
 こんなに大好きな腕から抜け出すことなんて僕には無理だよ兼さん。
 ごめんね、今日はこのまま寝かせてね。

 そう思いながら、そのまま瞼を閉じる。
 兼さんの体温を間近で感じながらとくとくと静かな鼓動を聞いていると、眠気はすぐにやってきた。
 とりあえず明日目が覚めたら、言い訳より何より笑顔でおはようを言おう。

おやすみなさい、兼さん。







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20150424 新規作成
20150603 サイトに掲載
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