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ただひとりのひと -4-

 国広は、川沿いの土手でひとりゆっくりと馬を走らせる。
 いつもは一部隊で賑やかに向かう道のりも、ひとりだと新鮮だった。
 聞こえない音が聞こえて、見えないものが見える。

 ふと馬を止めて道に沿って続く桜並木を見上げると、もういくつかの桜が綻びかけていた。
 あの時はまだ梅も咲いていなかったというのに――そう思うと、いつの間にか随分と時間が経ってしまったものだと思う。

「きれいだね」

 そう語りかけるように呟く彼の横顔は、ひどく穏やかだった。



 この羽織を着るのは、あの日――国広が兼定を失った日以来だった。
 兼定が消えてしまった後も暫く蹲ったまま動けずに泣く国広に、大和守が傍らに置いてあった羽織をばさりと頭から覆うように掛けてくれたのだ。
 それが、国広の泣き顔が皆に見えないようにとの配慮だと気付いたのは数日が経ちいくらか落ち着いてからの事。
 加州は泣き続ける国広の肩を抱いて、一緒に涙を流してくれた。
 ふたりの優しさを思うと、国広の胸が温かくなる。

 優しかったのは大和守や加州だけではなかった。
 本丸に帰還してからも、皆無理に慰めたり元気付けるようなことはせずにただ見守ってくれていた。燭台切などは滋養のある食事を作ってくれたし、鯰尾や骨喰はたまに顔を見せてその日あったことを話し、普通に接してくれた。
 少し元気がついて部屋から出た時には、短刀たちが喜んで迎えて輪に入れてくれた。その無垢な笑顔に思わず涙ぐんでしまうと、薬研がそっと拭ってくれた。
 本当に、皆の優しさにどれだけ助けられたか分からない。

 それだけに、黙って本丸を後にしたことが申し訳なかった。

「やっぱり、お礼くらい言ってくればよかったかな」

 そう思って、でもこれでよかったんだと思い直す。
 きっと自分がいなくなったら、主によってすぐに次の堀川国広が迎えられるだろう。他でもない、和泉守兼定がそうであったように。その時には、迎える者のためにも、新しい堀川国広のためにも、古い自分の記憶はできるだけ無い方がいい……そう思ったのだ。




 ふたりめの兼定は、国広が部屋を出た時には既に実体化されていた。
 初めて会ったのはちょうど、短刀たちと仲良く話していた時だった。

『自分たちは主のちからによって呼び出された付喪神で、いくらでも替えがいる』

 そんな事実は初めから解っていた筈なのに、実際に目の当たりにするとこんなにも受け入れ難いものなのかと驚愕した。
 久しぶりに相棒に会ってにこにこと機嫌良くしていたふたりめの兼定は、何も言えずにいる国広を見て不思議そうな顔になった。
 顔を覗き込み、「どうした?」と名を呼ぶ。国広がかつて愛した兼定と同じ顔、同じ声で。
 事実が受け入れられなくて、背中を冷たい汗が伝い、胃液がせり上がってくる苦さを感じた。


 暫く兼定を避けがちだった国広が彼を受け入れたのは、彼が初めて出陣した時だった。
 その日、国広は兼定と同じ部隊に入るかと主に訊かれ、それを拒否したのだ。
 けれど、軽い傷を追って帰還した兼定を見た瞬間、かたかたと手が震えた。兼さん! と名を呼んで傷を負った手をとり、すぐに手入れ部屋へ連れて行こうとする国広に、兼定はほっとしたような顔で笑った。

「いてえよ国広、引っ張んな」

 ああ、兼さんだ。僕の兼さんとは違うけれど、このひとも兼さんだ。
 目の奥が熱くなり、国広はそれを隠すように俯いた。

「兼さん、兼さん、もう無理しないでよ。……怪我は、いやだよ」

 震える声で、着物の袖をぎゅっと握って国広はそう繰り返す。耳を澄まさないと帰還で沸いている皆の声に掻き消されてしまいそうな小さな声だった。

「任せな、次はこうはならねえよ」

 兼定が、国広の髪をくしゃくしゃとかきまぜるように撫でた。懐かしい感触だった。



 それからは、国広は兼定と同じ部隊に入って能くその補佐をした。
 兼定もそれに応えるように国広のことを相棒として信頼し、頼って、そして甘やかしてくれる。
 日を追うごとにひとりめの兼定と同じく愛情を持ちはじめてくれているのも、手に取るように解った。
 そういう雰囲気になる前に身を引いて、なんとか今日まで誤魔化し続けてきたけれど、もうそれも限界だっただろう。
 幸いにも、彼は元々の資質に加え国広に早く追い付き追い越したい一心で日々鍛錬に励み、短期間で強くなってくれた。
 もうきっと自分が居なくても大丈夫――国広はそう判断して、本丸を後にした。


 けして彼のことが嫌いとか、そういう訳ではない。
 彼に名を呼ばれ笑いかけられる度に嬉しくて、そして心が傷んだ。
 今目の前にいるのは確かに兼定で、そして兼定ではない別人だ。
 考えれば考えるほどに苦しくなった。
 いっそ何もかも忘れて、彼のことを元の兼定と同じように好きになれれば楽だったのかもしれない。
 でも、それは国広の望んだ幸せではなかった。





 ぼんやりとそんなことを考えていると、目的地まではあっという間だった。馬を降り、送ってくれてありがとうとお礼を言って元来た道へ帰してやる。

 国広がひとりで訪れたのは、兼定が倒れた戦場。もちろん一人で勝てるなんて思い上がりはない。
 国広は、ここを最後の場所と決めていた。本当の仇は兼定が相打ちで討ち取ったからもういないけれど、同じ場所で散れるならば充分だ。

「兼さん、長いこと待たせてしまったね。……羽織、届けに来たよ」

 本丸を出た時にはまだ傾きかけていた太陽はもう地平線にその姿を隠そうとしている。
 まだ見通しがきくうちに、国広は崖の上から敵の本拠を見下ろして標的を探す。ふつふつと湧いてくる怒りが、いつかの兼定と同じように国広の手を揺らした。
 じきに夜が訪れる。そうすれば得意とする、闇討ちができる。
 国広は、いますぐにでも戦場に駆けていきたい気持ちをぐっと抑えて木陰に身を隠した。

 小さな躰をより縮こまらせて考えるのは、大好きな兼定のこと。
 ここで折れたからといって、兼定に会えるとは限らない。
 そもそも、折れた刀剣の意識がどうなっているのかなんて誰にもわからない。
 けれど国広は不思議と迷うことはなかった。ひとりになってから、ずっと考えていた。いつかこの羽織を着て、兼定の元へ行こうと。

(兼さん、怒るかな。怒るだろうなぁ。せっかくオレが助けてやったのに何やってんだ、って)

 目を閉じれば、感情を隠すのが苦手な彼の怒り顔が瞼の裏に浮かぶ。
 なんだか可愛くて、国広はふふっと笑いを零した。

(でも、きっと……)

 きっとその後には、仕方ねぇなあって笑ってくれる。
 そうしたら、初めて逢えた時のように抱きついてしまおう。そのまま謝れば、きっと兼さんは許してくれる。

 ――兼さん、ごめんなさい。でも僕にとっての兼さんはただひとり、あなただけです。あなたを想うのが僕の幸せです。


「……よし!」

 滲んでいた涙を手の甲でぐっと拭って、国広は立ち上がった。腰の脇差に手をかける。あと少しでお別れだけど、どうか敵将に届くよう頑張ってくれ、と心の中で別れを告げる。
 夜に、浅葱色の羽織がとけていった。










****

 ひゅう、とひとすじの夜風が国広の頬をなぞる。
 その優しい感覚に、国広の瞼がぴくりと動いた。

 これで最後だからと目を開ければ、星屑を散りばめた空が見えた。
 いつか兼定の腕の中で見たのと同じ、きれいな夜空だった。
 手を伸ばせば届きそうで、でも指先ひとつも満足に動かすこともできない。
 脇差を握れているのかどうかも、もうわからなかった。

 またぼんやりとしていく意識の中で、これからどうなるのかな、なんて人事のように思う。
 兼さん迎えに来てくれないかなぁ。羽織、また汚しちゃったからだめかな。
 兼さん、兼さん、兼さん。愛しいひとの名を、心のなかで何度も繰り返す。

 ふと、霞む視界の端にいとしい姿が見えた気がした。ああ、兼さんが来てくれたのかな、そう思った国広の口が嬉しさでゆるく弧を描く。
 恋人の姿をはっきりと瞳に映したくて瞬きをしてみるけれど、何度繰り返しても視界はきれいにならなかった。
 ああ、もうよく見えないや。でも、きっと……

「――兼さ……、もう、ずっと、傍に居る、から……」

 最後に紡いだ言葉は、夜風に乗って消えていく。浅葱色の羽織がふわりと舞い上がり、国広の細いからだを包み込むようにその身を覆った。





end

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20150303 新規作成
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