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寵愛を受ける -2-

「兼さん、眠ってたのによく起きれたね」

 心地よさに目を瞑ったまま何の気なしにそう訊ねると、それまで大人しく湯に浸かっていた兼さんがもぞりと動いた。僕の肩がふっと軽くなる。兼さんが顔を上げたのだ。

「ンなかっこのお前ひとり放っとけるかっつうの」
「え?」
「これ」

 体を横向きにされて、兼さんの顔が見えるようになった。目の前にある長い睫毛がきれいだな、なんて思ってると、僕の左の鎖骨のあたりに兼さんの指先が触れる。見れば、そこにはちいさな赤い痕があった。

「ここと、これも」
「こ、これって……」

 何かなんて聞かなくてもわかる。兼さんの唇の痕だ。さっき兼さんの部屋の兼さんの布団で抱かれた時に付けられた、言ってみれば行為の名残そのもの。
 注意して見れば身体の至る所にあるそれを、兼さんの指がひとつひとつ繋ぐようになぞってゆく。

「――っ」

 ほんの半刻前のことを突きつけられているような気分になって、お湯のせいではなく、かぁっと顔が熱くなった。何も言えずにいる間にも兼さんの指はするすると僕の身体を伝って、最後は肩の歯型に辿り着く。

「あー…、わりとくっきり残っちまったなぁ」
「か、かねさん……っ」

 なんだかじっとしていられなくて、兼さんの名前を呼んだ。声が震えているのがわかる。肩を触られるのくらいいつもなら全然平気なのに、いったい僕はどうしちゃったんだろう。

「こんな痕の残った身体でひとりでふらついてんじゃねえよ」
「でも、もう誰も起きてないだろうし」
「んなのわかんねぇだろ」
「あっ!」

 会話をしながら、兼さんはひときわ鮮やかに残っている痕を指でなぞった。ちょうど左の胸の、心臓のあたりだ。

「いくら男ばっかだっつってもなぁ。何かあってからじゃ遅えし」
「うん、うん、わかったよ」

 兼さんの指が、いつのまにか尖ってしまっていたそこを掠める。まるで愛撫にも似た動きだと、一度そう意識してしまうともうだめで、兼さんの声が鼓膜を揺らすだけで腰のあたりがじわじわ疼く。さっきたくさん抱かれたばかりだというのに、またあの熱が欲しくなってくる。
 どうしようどうしよう、顔が熱い。指先ひとつでこんなにもドキドキしてしまっているのがバレたら、恥ずかしくてしんでしまう。

「あ? ちゃんと聞いてんのか?」
「わかったから……っ、ごめんなさい兼さん、だからもう離して」

 思わず俯いてしまっていた僕の顔を、兼さんにぐいっと上向けさせられた。至近距離でばちんと目が合う。ごくん、と兼さんが息をのむ音が聞こえた。

「――なんて顔してんだよ、てめぇは……」

 ぎゅうっと抱きしめられ、大きな手が僕の髪を撫でてくれる。僕だけが知っている優しい感触が嬉しくて、思わず目を瞑って兼さんの頬に自分の頬を摺り寄せた。

「かねさぁん……」
「だから放っとけねぇんだ、ったく。こんな顔他のヤツに見せてたら襲われても文句言えねぇぞ」
「そんなの、……っ」

 僕が、こんな風になるのは兼さんにだけだよ。僕は兼さんのことしか見てないよ。それにもし、絶対にありえないけど、一千万分の一みたいな途方もなく低い確率でそんな事になったとしても僕は兼さん以外を受け入れる気はない。僕だって男だ、自分の身くらい自分で守れるよ。

「ねぇ兼さん」
「あ?」

 でも兼さんが心配してくれてるのが嬉しい。嬉しくて、胸の奥が苦しくなった。だってそれって、まるで兼さん……

「――あの、あのね」
「何だよ」
「それって、僕のこと、大事に思ってくれてるってことでいい……?」

 少しだけ顔を離して、兼さんの目を見ながらそう訊ねた。
 ねぇ兼さん、いつもは素っ気無い態度だけど、少しだけでも僕のこと大事だって、他の人にはやらないって思ってくれてるの?

「〜〜っ、」

 切れ長でかっこいい青碧の目がほんの少し戸惑うように揺れて、でも最後には僕の目を真っ直ぐに見据えて、兼さんは「当たり前だろ」と、そう言ってくれた。
 今までに感じたことのない嬉しさにぐっと喉がなる。目の奥が熱くなって、気を抜くと涙が零れてしまいそうだ。

「お前は俺のなの。大事に決まってんだろうが」
「兼さん」
「ちゃんと自覚してろ、ばぁか」
「……うん!」

 嬉しい、嬉しい、兼さん大好きだよ。
 言葉にならないそんな気持ちをどうにか伝えたくて、僕は兼さんの頬にくちびるを寄せた。本当は兼さんみたいに口にできればいいんだけど、僕にとってはこれが精一杯だ。
 そっと唇で触れたそこを、今度は指でなぞる。すべすべの頬がすこし赤くなったような気がした。
 かっこよくて強いっていうのが兼さんの信条かつ口癖で、勿論僕もそれに同意なんだけど、実はそれ以上に綺麗だと思ってる。長い睫毛も、きれいな肌も、意思の強い瞳も眉も、僕の名前を呼ぶ整った形のいい唇だって全部全部、兼さんはきれいだ。

「なぁに見惚れてんだよ」
「ん、兼さんかっこいいなって思ったんだよ」
「ちょっとは否定しろ馬鹿」
「できないよそんなこと。だって本当にきれい……んっ!」

 恥ずかしいやつ、なんて言いながら僕の口をぱくんと覆うように口付けてくれる。会話の途中で開いていた口の中に、兼さんの舌が入ってくる。ぬるぬると弱いところをなぞられて、腰がぞくんと疼いた。ゆっくりと、でも確実に、意識がとけていくのがわかる。

「ん、ん、ぅあっ」
「……国広ォ」
「あっ……」
「一人でできたのか?」

 与えられる気持ちよさに目を瞑って浸っていると、ふと口付けを中断されて舌が解放された。離れていく唇から目を離せないでいる僕に、兼さんが意地悪な声でそう訊ねる。

「ひとりで、って?」
「身体。洗いにきたんだろ?」
「あ、うん」
「ちゃんと洗えてるか確かめてやるよ」
「うん……? え!?」







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20150215 新規作成
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