朝ごはんの前に
『私は悪魔ですから、睡眠は必要ないんですよ』
それは、初めて一緒にベッドに入ったときにセバスチャンが口にした言葉。
僕はいつもあいつより先に寝てしまっていたから、
あいつが本当に一晩中起きているのかどうか確かめたことはなかった。
けれど今日、思いがけずその真実を知ることができたんだ。
****
「んぅ…、セバスチャ…」
カーテンの隙間から差し込む光で、目が覚めた。
僕のからだを包むのは、ふわふわの掛布と、それから、腰に回された大きな手。
包まれている感覚が心地よくて、まだ眠っていたくて、僕は目の前のひろい胸に顔を埋める。
意図せず漏れたぐずるような声が耳に届いて一瞬恥ずかしくなったけれど、
これでもう少し寝かせてくれるならまぁいいか、と目を瞑ったまま自分を納得させた。
『仕方ないですねぇ。ではもうほんのあと一時だけ』
あたたかな腕に包まれたままそんな返事が返ってくるのを待っていたのに、
いつまでたってもセバスチャンは何も言わない。
いや、それどころか、微かに聞こえてくる息遣い、これは――…
「セバスチャン?」
もぞもぞと体を起こして覗き込んだセバスチャンの顔。
それを見て僕は驚きのあまり眠気なんてどこかへいってしまった。
いつもは同じベッドでおやすみを言っても、僕が寝ている間にベッドを抜け出して
アーリーモーニングティーを手に執事としてのセバスチャンに戻っているか、
そこにいてもじっと僕を見ながら髪や頬を撫でているか、そのどちらかの悪魔が、
今は僕を抱きしめたまま静かな寝息を立てていたのだから。
「……悪魔も、寝るんだな」
名を呼んでも、身じろぎをしてもなお目を覚まさないセバスチャンの表情は、
今までに見たことのないようなものだった。
なんだかとてもしあわせそうで、あたたかそうで…うっかり見惚れてしまいそうになる。
いつもは目線よりもずっと上にある、悪魔の漆黒の髪。
それとおなじ色の瞳は、長い睫毛に縁取られた瞼に隠されていて今は見えない。
昨夜僕を散々苛めたくちびるだって、今はゆるく閉じられたまま。
きれいに整った非の打ち所のない悪魔の顔をじっと眺めていると、
なんだか顔が熱くなってきたような気がする。
どうかしてる、見てるだけじゃ足りない、なんて。
――はやくおきて。
はやく僕のすきなあの声で、僕の名を呼んで。
そうしていつものようにわらってキスをして、ぎゅうっと抱きしめてほしい――…
そう思う一方では、この寝顔が見られなくなるのは惜しいとも思う。
今すぐ起きてかまって欲しいけど、もうすこし寝顔を見ていたい。
ああ僕は何時の間にこんなに我侭になってしまったのだろう。
これじゃ本当に、こどもみたいだ。
end
改定履歴*
20110923 新規作成
悪魔の寝顔に見惚れる坊ちゃんのお話でした。
朝ごはんの前にこんな甘い時間があったらいいのになー。
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