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やさしい悪魔への甘え方

セバスチャンがシエルの執事として仕えるようになってから、3年という月日が経った。
その間、特別な理由がない限り毎日のように続けてきた日課は、数え上げればきりがない。

使用人の監督、シエルの朝の着替えや洗顔等日常の世話はもちろんのこと、
食事からスイーツに至るまで、主人が口にするものは全て手作り。
仕事の面でもファントム社社長としてのシエルを補佐するべく、
資料チェックや取引の手回しに始まり、執事の立場でできることは全て。
家庭教師不在の折にはシエルにヴァイオリンやダンスの手ほどきをするし、
来客があればファントムハイヴの名に相応しい最高のもてなしを。

普通の執事であれば泣いて逃げ出しそうなくらいの仕事量だが、
セバスチャンはなにひとつとして手を抜かず完璧に、涼しい顔をしてこなしてしまうのだ。


――ただひとつ、入浴の手伝いを除いては。


「坊ちゃん、あまり長く浸かっているとのぼせてしまいますよ」
「…ん」
「さぁ、右手をお貸しください。洗いましょうね」

今日も今日とてシエルはバスタブにくったりとからだを預け、
白い頬がさくら色に染まるまで気持ち良さそうに目を瞑っていた。
このときのシエルはひどくご機嫌で、セバスチャンが声を掛けると、
いつになく素直に右手を差し出す。

「今日はよく晴れて暖かかったですね。庭の水仙も、蕾が綻びはじめておりました」
「そうか」
「ええ。チューリップやクロッカスも見ごろですよ。
 明日も天気が良いみたいですし、アフタヌーンティはお庭にお持ちしましょうか」
「おまえに任せる」
「イエス、マイロード」

セバスチャンはその手をとって、指先までがほんのりと染まった手に始まり
からだも顔も髪も、からだ中全てをふわふわの泡で洗ってゆく。
その間に、とりとめのない会話をひとつふたつ。
バスルームは静かな水音とお互いの声だけが響く、心地よい空間だった。

「はい、坊ちゃん。おしまいですよ」
「ん」
「昼間は暖かくても、やはり陽が落ちると冷えますね。暖炉の前で待っていてくださいね」

最後にからだを流してバスタオルでそのからだを包む頃には、シエルは決まって少し眠そうな顔をする。
その表情がまるで、バスタイムを心底リラックスして過ごしているという証拠のようで…
このときばかりは、いつもはポーカーフェイスを崩すことのないセバスチャンも
一瞬頬がゆるんでしまうのを抑えることができないのだった。






「さて」

ふぁ、とちいさなあくびを零しながらドアへ向かう小さな背を見送りバスルームを軽く片付けて、
セバスチャンは主人の髪を乾かす為のふわふわのバスタオルを持って寝室へと向かった。
先程までの眠そうなシエルの様子なら、きっとお願いしたとおりに暖炉の前に用意したソファで
うとうとしながら自分がくるのを待っているのだろう…そう思いながら寝室のドアを開ける。

「坊ちゃん、お待たせいたしました。…坊ちゃん?」

ところが、部屋の何処を見ても、主人の姿がないのだ。
もしかして前室にいるのだろうか、いや、まだまだお子様な主人のことだ、ベッドに隠れている?
次々浮かぶ予想に沿って部屋の隅々まで目線を送るが、どこにもシエルの気配はない。

「――もしかして」

セバスチャンはあるひとつの可能性を見逃していたことに気付き、燕尾服を翻すと
燭台も持たずに扉を開けてまっすぐにある部屋へと向かった。
夜の帳が降りた静かな廊下に、かつかつという焦ったような革靴の音が響く。
もう少しで目的の部屋という所で、くしゅん、と小さなくしゃみの音が聞こえた。

「こんなところへおいででしたか」
「ん?ああ」
「てっきり暖炉の前でお待ちいただけていると思っていましたのに」
「昼間からずっと気になっていたことを、先程、風呂の中で思い出してな」

執務室の重厚な扉を開けると、探し人はそこにいた。
しかも、先程自分が着せたうすい夜着を一枚着ただけの格好で。
素足にスリッパを履いただけの足元が寒々しい。

「坊ちゃん、貴方のお仕事熱心なところはお褒めいたしますが、ご自分の体調に――」
「『体調に無頓着なところは褒められない』、だろ?もう何度も聞いた」
「では、ちゃんとご自愛なさってください」
「大事な仕事なんだから仕方ないだろう」
「ですがもう夜も遅いですし、明日でもいいでしょう?」
「だめだ、これまで片付けてから寝る…」

とりあえず足元がこれ以上冷えてしまわないようにと抱き上げてみても、
ちいさなご主人様は書類から目を離そうとしない。
セバスチャンはそっとため息をつくと、仕事熱心な主人の濡れたままの髪を、
そっとタオルで包んで拭きながら窘めてみる。けれど返ってきた言葉は
ある意味予想通りの素っ気無いもので、困ったものだと苦笑いをひとつ。





「私は、仕事よりも貴方の体調の方がずっとずっと大事です」

それは、普通に言っても聞いてくれない主人への、最後の手段だった。
腕の中のからだをきゅっと抱きしめ、小振りの耳に唇を寄せてとっておきの甘い声を出せば、
きれいな蒼の瞳はそれでようやくはっとしたように自分を見つめるのだ。

「坊ちゃん、お風邪を召されてしまいます」
「だいじょうぶだ、これくらい…」
「いけません。嗚呼ほら、もう指先がつめたい。お部屋に戻りましょうね」

目を見ながらゆっくりと窘めるように言葉をかけ、書類を持ったままの細い指先をそっと撫でると、
シエルは幾分照れくさそうにぷいと視線を逸らしてしまう。

「…過保護」
「何とでも仰ってください」
「悪魔とは、エサの風邪の心配までするのか」
「ええ、私はあくまで、坊ちゃんの執事ですから」

執務室からシエルの寝室までの長くも短くもない距離を歩く間、
ふたりが交わした会話はたったこれだけ。
セバスチャンは自分に全体重を預けてくれる主人のことが可愛くて、
腕の中のからだのぬくもりを感じているだけで満足だったし、
シエルはそんな恋人に過保護だと毒づきながらも、それほどに自分のことを
気に掛けてくれている事実が照れくさいほどに嬉しくて、言葉がでなかったのだ。

心地よい沈黙の後、執事が主人を片手で抱えたまま寝室のドアを開けて
そのからだをベッドに降ろす直前に、ちいさな声で命令が下った。

「ならば、傍にいろ。風邪引かないように、ぎゅってしろ。僕が、眠るまでだ」

上手に甘える方法なんてしらないシエルからの、精一杯の『命令』。
滅多に聞けない可愛らしいおねだりに、悪魔は一瞬だけ目を丸くしたが、
次の瞬間には穏やかな笑顔を浮かべて、お決まりの台詞を返すのだった。


「イエス、マイロード」


――貴方がお望みならば、いくらでも。





end

改定履歴*
20110419 新規作成
20110426 絵を飾らせていただきました!
このお話には、元ネタというか、元々このお話を書きたい!と思ったきっかけがありまして…
仲良くしていただいてるMさまのセバシエ絵に一目惚れして、そちらを元に書かせていただきました。
もちろん許可は得ていますよ*^^*

・原作沿いの、甘さ控え目なふたりの関係で、
・坊ちゃんに甘くて優しいセバスチャンを目指す

という矛盾した目標を立ててしまったがためになかなか進まず、
書きたいと思ってから実際完成するまでに結構な日数が経ってしまったのですが、
そのたび素敵絵を見ながらの作業だったので私はもうかなり幸せでした。
Mさま、ほんとにありがとうございました!!
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