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おやつの時間

それは、ある穏やかな午後のこと。
ファントムハイヴ家の執事は、主人の私室でひとり首をかしげていた。
いつもの時間にいつものようにワゴンに紅茶とスイーツを載せてきたのに、その主人が留守なのだ。

「坊ちゃん?」

誰もいない部屋で念のためにと名前を呼びかけてみても、やはり返事はない。
30分程前、執務室で予定より早く仕事を終えたシエルが私室へ向かう背中を
確かに見送って紅茶の準備をしにキッチンに行ったのに、
あの坊ちゃんは一体どこに行ってしまったのだろう。


「さて…困りましたね。折角の紅茶が冷めてしまいます」

セバスチャンはワゴンの上で美味しそうな湯気をたてている紅茶のポットと
懐中時計を見比べてちいさなため息をつくと、そのまま廊下へと戻っていった。

主人の行き先には、なんとなく心当たりがあった。
執務室で難しい顔をして書類を捲る合間に、彼は時折窓の外を眺めていたから。
あの部屋から見えるのは、主人が特に気に入ってる場所だ。

セバスチャンは迷い無く階段を降りると、そのまま庭園へと続く扉に手を掛ける。
美しく咲き誇った白薔薇に埋もれるように置かれているベンチ、
シエルはその上に横たわって目を瞑って転寝をしていた。


「坊ちゃん、起きてください」

そっと名を呼び、頬を撫でてみる。
きっと春先とは言え少し寒かったのだろう、シエルはその手に頬をすり寄せてきた。
その仕草がまるで仔猫のように愛らしくて、それ以上無理に起こすことができない。
自分はいつからこの主人にこんなに甘くなってしまっただろうか、
そんなことを考えながらしばらく待っていると、ふわりと吹いた風にシエルの睫毛が揺れて、
ゆっくりと瞼があいた。
現れた深い蒼の瞳と薔薇の白のコントラスト、セバスチャンはこれ以上美しいものを見たことがない。

「こんな所でおねんねしていると、お風邪を召されますよ?」
「ん…」

起きぬけ特有のとろんとした瞳で見上げられ、頬に添えていた手に小さな手が重ねられる。
おはようございます、とくすくす笑いながら挨拶をしてみれば、
主人はそれにちいさなくしゃみで応えた。

「嗚呼ほら、言った傍から」
「日差しがあったかくて…薔薇が、きれいだったから」
「そうですね。けれど風が出てきました、お体が冷えてしまいます」
「ん…おまえがもっとくっついて風除けになってくれればいいだろ」

嗚呼、きっとこの主人はまだ夢の中にいるのだ。
でなければこんなに可愛い我侭を仰る筈がない。
セバスチャンは目の前にあるさくらんぼのような赤いちいさな唇にキスをしたいのを
ぐっと堪えて、にこりと笑うに留めた。
いくらこの恋人が可愛くても、此処は屋外。使用人に見られでもしてはいけないのだ。

だけどもうこれ以上は我慢できそうにない。
早く誰にも見られないふたりきりの空間に連れて行きたくて、そのからだをひょいと抱きかかえた。
そうすれば、自分の首に細い腕をまわしてきゅっと抱きついてくる恋人。
そのまま肩口に顔を埋めたかと思うとくんくんと鼻をならし、次の瞬間目を輝かせて自分を見つめる。

「あまいにおいがする」
「ええ、先程坊ちゃんのお部屋へおやつをお持ちしたところですから」
「…林檎か?」
「ご名答。林檎のクラフティをご用意致しました。早くお部屋へ帰らないと冷めてしまいますよ」
「あれは冷めてもおいしいだろう?」
「…そうですね、ですが…」

まるい後頭部を引き寄せて、耳の傍でこそりと続きを言葉にすれば、途端に林檎のように赤く染まる頬。
セバスチャンは柔らかいそこへちゅっと一瞬だけキスを落として、そのまま主人の私室へと向かうのだった。

『私は、早くふたりだけの空間で貴方をあたためて差し上げたいのです』





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20110307 新規作成
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