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じらさないで -2-

 時刻は夕刻、当然ながら布団はまだ敷かれていない。そんな状況で兼定が選んだのは、あぐらをかいた自分の膝の上に国広を向かい合わせに座らせるという、いわゆる対面座位であった。

 まるで口を合わせていないと呼吸ができないのかと思う程に幾度も繰り返される口付けに、とろとろと意識が溶けてゆくのがわかる。上顎の裏あたりの弱いところを弄られると、その度に腰がぞくんと疼いてもっとして欲しいと思ってしまう。
 ひととして目覚めたのは自分の方が早かったのに、いったい兼さんはこういうことをどこで覚えてきたのだろう。そんなことを思ってしまう程に兼定はこういうことに慣れていた。

 いつも寝る前にこういう雰囲気になった時も、与えられる口付けに必死で応えている間に気付けば寝間着を肌蹴させられそのまま首筋や胸のあたりに唇を寄せられて、あとはもうされるがまま。
 冬の寒さも感じないくらいにこころもからだも熱くなって、たまらない幸福感に包まれたまま大好きな腕の中で眠りにつく。
 国広は、兼定自身は勿論、彼がくれる愛情も快感も大好きだった。

 だから今日も、そうだと思ったのだ。今がまだ明るい時刻だとか色々気になることはあったけれど、この心地いい強引さに身を委ねてしまおうと思った。先程から彼に触れられたせいで疼いて仕方ない身体も、兼定にまかせていればいくらもしないうちにもっと気持ちよくして貰えるのだと。

「……?」

 けれどいつまで経っても、先に進む気配がない。兼定の大きな手は国広の腹の辺りをもぞもぞと弄るばかりで、一向に脱がせて貰えないのだ。
 一方でくちびるは国広の首筋をなぞり、敏感な耳たぶを食むように愛撫してくる。その上、背を支えているだけだった左手までもが快感を引き出すようにするすると厭らしく這い始めるものだから、国広はとうとう我慢できなくなってしまった。

「か、兼さ……」

 ほんのりと桜色にそまった指先で自分を抱きかかえている恋人の頬をなぞり、視線を合わせる。

「あ?」
「おねがい、だから、〜〜っ、も、焦らさないで」

 あまりの焦れったさで勝手に滲んでしまった涙は、国広の声までを濡らした。
 普段の彼からはとても想像できない程に艶っぽい表情で請われて、兼定の体温がぐっと上がる。

「兼さん」

 おねがい、と、兼定の肩に縋り付いていた両手を首筋に回してぎゅっと抱きつき、国広はなおも強請る。彼のやわらかな髪が兼定の頬をくすぐり、ふわりと花の香りが立ち上った。

「お、まえなぁ……」

 普段はめったに聞けない恋人のおねだりに、兼定の心臓がどきどきと高鳴る。思わず目を瞑ると余計にうるさくなる鼓動を落ち着けるように、そっと深呼吸をひとつ。抱きつかれた際にシャツの釦から離してしまっていた右手で、ぐずる国広の髪を梳くように撫でた。

「焦らしてんのはお前だろ」
「――え?」

 ばつの悪そうな声で返ってきた言葉は、国広にしてみれば思ってもみないものだったのだろう。彼はぎゅっと兼定に抱きついたまま、首を少し傾げ目線を合わせて続きの言葉を待った。

「〜〜っ、脱がせにくいんだよ。お前の服、釦ばっかで」

 すこしだけ躊躇った後、幾分小さめの声で伝えられた言葉を理解しようと、国広は蕩けた頭で兼定の言葉を反芻する。
 人間の身体を得た際、自分は機動性に優れた洋服を纏っていた。対して兼定は羽織袴という華やかな出で立ちで、その豪華な和装には、勿論釦なんて洋風の留め具は使われていない。
 兼定からしてみれば、何も恋人を焦らしていた訳ではなく、この馴染みのない小さな留め具を外すのに手間取っていただけなのだ。

「あ……」

 そのことに気付いた国広が、大きな目をぱちぱちと瞬かせる。

「だから泣くなって! 俺だってわざと焦らした訳じゃ」
「う、うん」

 少し落ち着いた頭で見てみれば、自分と同じく兼定も余裕がなさそうな顔をしている。むしろ、零れそうになった涙を拭ってくれるその姿はどこか焦っているようにすら見えて――可愛い、と思ってしまった。

「……なんだよ、つうか笑うな」
「ご、ごめんなさい、ただその、兼さんが可愛くて」
「はぁ!?」

 格好よくて強いことを好む彼は不得手をさらけ出すのは嫌な筈なのに。それでも泣きそうな自分を宥めるために、苦手なことを包み隠さず伝えてくれたことがとても嬉しかった。
 かっこよくて強くて、そして優しい。
 そんな兼定のことを改めて大好きだと思う気持ちで、胸がいっぱいになる。

「可愛いって、お前な……」
「兼さん」

 ふわり、花のような笑顔を零して、国広は兼定の頬に唇を寄せた。触れるか触れないかくらいの、微かな口付け。
 不意打ちの可愛さに頬を手で抑えて固まったまま動けずにいる兼定に、「ちょっと待っててね」と小さな声で断って、彼は抱きついていた手を放して自らの釦に手を掛けた。



****

 自分のものより二回りほど小さな、しなやかな手。震えるその指先が一番上の釦にかかり、するりとそれを外す。
 ひとつ、またひとつと順に外される度に露わになってゆく肌に、兼定はごくんと唾を飲み込んだ。

 あとは一番下を残すのみとなったところで、はぁと国広のくちびるから吐息が零れる。
 これを外した後どうなるかを考えると、なかなか最後のひとつを外すことができなかった。
 自分から服を脱ぐなんてはしたない、でも早く触れてほしくて、触れたくて、どうしようもない。国広は、意を決するようにうすく開いたままだった唇をきゅっと結んだ。

「――国広」
「え……? わっ」

 兼定が、目の前の恋人の腕を掴み、赤く色づいたおいしそうな唇を自分のそれで塞いだのは無意識だった。そのままの勢いで押し倒し、驚いて応えることができない国広の口内にやや強引に舌を挿れ思うまま蹂躙する。くちゅ、ぢゅっと水音が鼓膜を揺らし、ぞくぞくと腰が疼いた。

「んむ、か、ねさん、兼さ……っ、んぅっ」

 口付けの合間に途切れ途切れに自分の名前を呼ぼうとしているのが解るけれど、止めてやることができない。
 刀剣といえども彼は立派な成人男性で、散々煽られてもう限界だったのだ。
 愛しい身体を早く隅々まで味わいたくて、ひとつだけ残っていた釦に手を伸ばす。けれど興奮しきっていたせいでやはりうまく外すことができず、もういっそ破いてしまおうか――そう思った時だった。

 兼定の手にそっと国広の手が触れて、するりと最期の釦を外してくれる。
 口付けを中断して顔が見える程度まで距離をとる。目を合わせると、国広は涙の滲んだ瞳でにこっと微笑んでみせた。

「ちっ……ありがとよ」
「ふふ、僕は兼さんの助手ですから」

 褒める言葉の代わりに、もういちど口付けを。去り際にちゅうと唇に吸い付かれて、それに応えるように後頭部を支えてまた舌を差し入れる。邪魔な留め具がようやく全て外されたシャツを左右に肌蹴させ、ほっそりとした体躯に触れた。触っていない所などないように、吸い付くようになめらかな極上の肌を撫でてゆく。心の臓のあたりを手で覆うと、とくとくと脈打つ鼓動が感じられた。

「んっ、ぁ」

 胸の飾りに指が掛かった瞬間、国広はからだをぴくんと跳ねさせた。その反応が可愛くて、二度、三度と指先で弾く。ぴんと立った乳首をつまむと、堪え切れないというように細い腰が揺れる。

「気持ちいいか?」
「ん……、ちょっと擽ったい……、かも」

 恥ずかしがって手の甲で顔を隠す国広の腕をとり、目を合わせて「嫌か?」と訊ねると、国広は慌ててふるふると首を横に振った。

「嫌じゃないよ! も、もっとして? 兼さん」

 まっかな顔で素直にそう言われると、胸の奥がきゅうっと苦しくなる。
 もっともっと気持ちよくさせたくて、兼定は身をずらすと今度はその飾りに舌を這わせた。
 んんっと頭上で甘い声が漏れたのが聞こえる。戯れにそこへゆるく歯を立てるとすべすべの腹にうっすら腹筋が浮かび上がる。全身で感じている恋人の姿に、下腹が疼くのを感じた。

「国広」
「――あッ」

 片手を腰に回したまま、下半身へ手を伸ばす。こちらは釦が大きく、シャツよりいくらか簡単に外すことができた。すっかり勃ち上がり雫を零していた性器を掴むと、細腰が今迄にないくらいにびくんと跳ねる。それをゆったりとした手つきで扱きながら乳首から臍までを舌で辿り、ちいさな窪みに舌を差し入れた。
 あ、あっと甘い声でちいさく喘ぐ国広が、堪え切れないというように手を伸ばしてくる。見れば先走りには少し白濁が混じっており、まだ手だけなのに目一杯に感じてくれているその姿が可愛くてたまらなかった。
 もっと気持ちよくさせようと、兼定は口を大きくあけて小ぶりな国広の屹立をぱくんと咥えてしまう。

「ッ!? ぁ、だめっ兼さ……」

 それまで大人しくされるがままだった国広が、途端にがばっと半身を起こした。彼は、口淫されるのが少し苦手なのだ。
 兼定のものは喜んで咥えるくせにされるのは嫌がる彼に、気持よくないのかと訊ねた事がある。気持ちいいけれど、恥ずかしさが勝ってしまうのだと言っていた。それに兼さんの口にあんなもの出すなんてありえないよ、とも。自分は喜んで飲んでんじゃねぇかと揶揄ると、兼さんのはいいんだよ! と根拠のない反論をされて笑ったことを思い出す。
 兼定にしてみれば気持ちいい行為だ。ならばそれを愛しい恋人にもしてやりたいと思うのは当然のこと。
 恥ずかしいだけならあとは慣れじゃないかとは思い、適当に言いくるめて試したことは何度もあるけれど、彼が射精までしたのは半々というけしてよくない確率。本当に泣かれてしまうことも一度や二度ではなかった。兼定は国広の涙に弱いのだ。情事を中断して宥める羽目になってしまうから、最近はあまりしないようにしている。
 けれど今日ばかりは違った。すれ違いの生活の後で、しかもあんなに煽られて、釦という枷も国広が外してくれたのだ。されてばかりなんて性に合わない。どうしても気持ちよくしてやりたい、そう強く思った。

「あっ、ぁ、や……っ」

 幸いにも、国広はいつもほど抵抗しない。声を我慢するように片手の甲を口にあてて塞ぎ、慣れない快感に必死に耐えていた。もう一方の手を兼定の頬に伸ばしてはくるものの全く力なんて入っておらず、止めるどころかもっとと強請っているのかと思えるくらいだ。
 きっと国広も、兼定と同じく数日ぶりに肌を合わせるという喜びに少しばかり浮かれているのだろう。

 それをいいことに、兼定はまだ成長途中の性器を愛しむように愛撫していった。
 舌全体で裏筋を舐め上げ、尖らせた舌先でくびれをぐるりとなぞり、亀頭を口内に収める。そのまま幹を唇で扱くと、じわりと先走りが滲む味がした。

「だめ、出ちゃ……、からぁっ」

 刺激に慣れていない国広に限界が訪れるのは早かった。
 兼定の口の中でびくつく性器の質量がぐっと増え、幹ががちがちに固くなるのがわかる。もうきっと、いくらもしないうちに射精を迎えてくれるだろうと、そう思った。
 それでもやはりこのまま出してしまうのは抵抗があるのか、国広はとうとう一粒涙を零してしまう。

「かねさん、兼さんだめっ放して、あっ」

 その涙に一瞬怯んだものの、彼はだめとは言うけれど嫌とは言わない。声だって十分甘くて、嫌がるというよりはぐずるといった方が合っているような様子だ。

「いいから、出せって」

 自分の声までも甘くなってしまったのを国広のせいにして、兼定はいっそう刺激を強くした。舌全体をねっとりと幹に絡ませ、射精を促すように吸ってやる。

「ぁ、あ、あ……っ、や、かねさ……だめ、兼さんが汚れちゃうっ」
「ばぁか、お前のならなんだって綺麗だよ、俺が言うんだから間違いねぇって」
「う、でも……」
「俺の言うことが信じられねぇ?」

 泣きながら言う国広の言葉を否定してやれば、国広はかぁっと頬を染めてそれ以上だめだと言わなくなった。代わりに口から零れ落ちるのは、快感を我慢できずに漏れる可愛らしい喘ぎだけ。

「あ、あ……! んんっ、ぁ、――っ」

 仕上げとばかりに亀頭を咥えて幹を手で扱くと、国広は声にならない声を上げて兼定の口内へ勢いよく精液を吐き出した。それを全て受け止めて、仕上げとばかりにちゅっと吸ってやる。びくん、と彼のうすい腹が跳ねた。

「はぁっ、はぁ、……っ」

 身を起こして口の中の白濁を手に出し、恋人の顔を見る。
 彼は目を瞑ったまま、荒く息をついていた。あやすように髪を撫でてやると、視線を一生懸命に寄越す様子が可愛らしい。

「よしよし」
「う……ごめんなさ、僕、兼さんの口に出しちゃった」
「俺が出せっつったんだから謝ることねーだろ。我慢してんの可愛かったしな」
「〜〜っ、も、兼さん、意地悪……」

 拗ねるようにぐずる国広の頬にひとつ口付けを落とし、彼の後孔に手を伸ばす。

「ッ、あ!」

 その瞬間きゅっと締まった孔を弛緩させるように、一度は萎えた性器に手を添えた。二、三度手を上下すれば思った通りに国広の体からは力が抜け、そこはわずかな抵抗を見せながらも兼定の指を迎え入れてくれる。
 先程国広が吐き出した白濁のぬめりを借りて中指を何度か出し入れし、次いで人差し指を添えるように入れて、彼の表情を見ながら二本の指でそこを慣らしていった。






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