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じらさないで -1-

『兼さん、行ってらっしゃい!』

 そう言って笑顔で手を振る国広に見送られ遠征に出たのは、もう何日前になるだろうか。
 あの時には、こんなことになるとは思っていなかった。確かに時間が掛かる遠征だったけれど、丸一日で終わる予定だった。いつも兼さん兼さんとうるさい相棒と離れるのは一泊程度のことだから、いい気分転換だとすら思っていた。

 それなりに強敵だったが遠征そのものは順調で、帰還も予定通りの時刻。
 完全な勝ち戦で、その中でも誉をとった兼定は出迎えの刀剣達から労われた。自慢気な笑顔で応えながら、兼定はいちばんにそれを伝えたい相手の姿を探す。いつも自分の活躍と安否を願ってくれる、国広の姿だった。

 けれどいくら探しても見つからない。こんな風に自分が遠征に出て帰還した時にはいつも、いちばんに自分の元に駆け寄ってくるというのに。なんだか勝利の喜びも味気ないものとなってしまい、浮かない気持ちで主への任務報告へ向かうこととなった。
 ひと通りの報告を終えると、主は、そういえば、と言いながらさり気なく国広の行方を教えてくれた。ちょうど入れ違いで、昨日別の隊に加わり遠征に出たそうだ。これも少し時間がかかるそうだったが、明日には帰ってくるとのことだった。なんだか笑われた気がするのは、気のせいだったと思いたい。

「まぁ、あいつだって遠征くらい行くよな……」

 そう独りごちながら自室へ戻る。
 ひとりきりの部屋はしんとしていて、なんだか空気がひんやりと冷たく感じられた。
 静かだな……、と思って、いや静かでいいんだよ! と思い直す。
 そうだそうだ昼寝もできるし酒だってうるさく言うやつがいねぇしと無理矢理思い込み、とりあえず汗と疲れを流してしまおうと湯殿へ向かった。なぜかこの本丸には温泉が湧いていて、しかも湯量が豊富なのだ。負ってしまった傷もたちどころに癒える、不思議な湯だった。

 遠征明けということもあって昼間からどれだけ長湯しようとも誰にも何にも言われず、半刻もすればすっかり疲れも癒えた気になった気がした。
 けれどそれからが問題だった。濡れたままの洗い髪をどう扱っていいものか解らなかったし、脱ぎ散らかした羽織や袴を畳むのも一苦労。確かこうやってたよなと自分の着物を畳む国広の姿を思い出し真似てはみたものの、仕上がりは彼のそれには程遠い。癒えたと思った疲れがどっと戻ってきてしまった気分だ。
 さらには朝になっても自分を起こしてくれる助手がいなくて危うく寝過ごすところだったし、ひとりで結えず寝癖もついていた髪は、朝餉の後に見かねた歌仙に雅でないと整えられてしまった。

 『勝手に俺の助手だと名乗ってる』なんてつい言ってしまうけれど、だいぶ助けられていたんだな……そう思いながら、縁側でぼんやりと茶を啜る。
 今日の昼過ぎには国広が帰還する。今日は自分が出迎えてやろう、ついでにいつもの礼を言ってやってもいい――そう思った時だ。主に呼ばれていますよ、とお遣いの五虎退が伝えてくれたのは。


 何事かと主の部屋を訪ねた兼定は、その場でまたも遠征を拝命する。
 しかも出立は今日、ほんの半刻後にとのことだった。思わず今からかよと大きな声で聞き返してしまったが、すまないお前にしか頼めないんだと謝られながら隊長に任命されれば悪い気はしない。元々兼定は他を纏めて率いるのが得意な、隊長気質なのだ。
 結局、気前よく引き受けてしまった兼定は、ひとりで慣れない遠征の準備をすることとなった。

 馬上で短刀たちの可愛らしい見送りに応えながら、兼定は半ば無意識のうちに辺りを見渡す。予定より早く帰還した国広が、見送りの中に紛れているのではないかと思ったからだ。
 けれどやはりその姿は見つからず、代わりに目があった歌仙におもしろそうに笑われてしまい舌打ちで誤魔化した。

 まぁ帰ってきてねぇよな、帰ってきたら一番に俺のとこにくるだろうし――そう思って気持ちを落ち着ける。
 ふと、帰還直後に自分の姿を探してきょろきょろと辺りを見回す国広の姿が頭に浮かんだ。その仔犬のような姿に自然と頬が緩んでしまう。
 まぁさっさと終わらせて帰ってやるさと自分に言い聞かせ、兼定は出立したのだった。


 その言葉通り、この遠征での兼定の働きは目を見張るものがあった。
 いつもの生活がままなくて溜まっていた鬱憤を晴らすようにあっという間に敵を蹴散らし殲滅するその姿は、一緒に遠征にでた燭台切に言わせれば、まるで鬼神のようだったとか。こんな効果があるのなら堀川くんと別々なのもたまにはいいねと冗談を言われ、思いっきり睨みつけたのは言うまでもない。

 けれど調子が良かったのはここまでだった。
 早い勝利と滞りない行軍のおかげで予定よりずっと早くに意気揚々と帰還したはいいものの、出迎えの中に国広の姿がなかったのだ。
 さすがの兼定も、今度ばかりは出迎えの短刀にその居場所を訊ねてしまった。なんでも彼は、内番で鍛錬場にいるんだとか。
 そういえば久しく手合わせもしてやっていないしと自分に言い訳をしながら迎えに行ったが、なんとそこにも姿はなかった。呆然とした兼定に「堀川なら洗濯場だよ」と声を掛けたのは薬研だ。
 ぼうっとした頭で礼を言って、何で俺がアイツを探してるのが解るんだと気付く。気付いてしまえばそれ以上国広を探して本丸をうろつくのもなんだか気恥ずかしくなってしまった。


 それで兼定は、この部屋で待つことにしたのだ。
 流石に洗濯が終われば帰ってくるだろ、そう思って。




「びっ、くりしたぁ……」

 どれくらい時間が経っていたのだろう。僅かに聞こえた声に、ゆっくりと兼定の意識が浮上する。
 いつの間に寝入ってしまっていたのか、帰還した時には真上にあった太陽が傾きかけていた。
 愛用の脇差を刀掛けにかけて籠手を外し、物音を立てないようにそっと上着を脱ぐ国広の後ろ姿をぼんやりと見る。陽に透ける黒髪が、やけにきれいに兼定の目に映った。
 彼が帰ってきたら、「遅い」と文句のひとつも言ってやろうと思っていたのに、不思議とそんな気にはなれなかった。

「――あ、」

 視線に気付いたらしい国広が、ふと兼定を振り向く。青碧色のきれいな瞳が、嬉しそうに揺れた。

「兼さん!」
「よぉ」
「ごめん兼さん、起こしちゃったね」
「いや……」

 むくりと起き上がりあぐらをかいて眠そうに髪をわしゃわしゃとかきまぜる兼定に、国広はすぐ着替えるから、と笑顔を向ける。先程脱いだばかりの上着をきれいに畳み、続いて首元のリボンに手を掛けた。しゅるりと衣擦れの音がする。

「国広」
「え? ……あ!」

 片膝をついて、国広の腕を引く。かわいそうに、完璧に不意を付かれた彼はわぁっと慌てた声をあげて後ろに倒れてしまった。どさっと派手な音がする。倒れる瞬間国広は痛みを覚悟したけれど、兼定がしっかり抱きとめてくれたからそれはなかった。かぁっと国広の頬が赤くなる。

「か、兼さんごめん……じゃなくて! 何するの危ないよ!」
「お前が遅いのが悪い」

 後ろ向きのまま自身の膝の間にすっぽり収まっている恋人の抗議を適当に受け流して、兼定はぎゅうっとその身を抱きしめる。後ろを振り返り文句を言っていた国広は、途端に大人しくなった。

「遅いって……もしかして、待っててくれたの?」
「まーな。どこほっつき歩いてたんだてめぇは」
「ごめんね、兼さん。えと、今日は内番で鍛錬場にいて」
「知ってる。そんで洗濯して、次は?」
「え、何で知ってるの……?」

 不用意な自分の発言にしまったと思ったが、もう遅かった。大きな瞳が、不思議そうに自分を覗きこんでくる。

「な、何でもいーだろ。それより! 洗濯ってのはこんなに時間が掛かんのか? あ?」

 国広の事を探していたなんて事は本人にはバレたくなくて慌ててちいさな鼻をつまむ。唐突に与えられたほんの少しの痛みに、彼はいたいよ兼さんと甘えた声をあげた。
 その拗ねたような顔に満足して、次は国広の手をとる。自分のものより二回りほど小さな、ほっそりとした手。兼定は、こうやって指を絡めて、ふにふにと感触を確かめるのが好きだった。

「えっと、洗濯の後は着替えて主さんのお供で万屋に行って、帰ったらそのまま夕餉の支度を……」

 国広の口から語られた『今日の行動』は、兼定の予想を遥かに超えたものだった。
 鍛錬をして、洗濯して着替えてお遣いにいって、そして着替える間もなく夕食の準備。一体何人分の当番をこなしてるんだよと言ってやりたいが、彼はこうやって雑事をこなすのが好きなのだ。忙しく働いている姿はきらきらと輝いているし、それで色々助かることも多いから、基本的には口を出したくない……のだけれど。

「働くのはいーけどよ。俺が帰ってきてるって、知らなかった訳じゃねぇよな?」

 いつも兼さん兼さんとうるさいくらいに纏わりついてくる国広が、兼定の帰還を把握してなかったとは考えられない。ならば一番に自分のことを優先して探してくれてもいいのにと、そんな子供じみた独占欲が抑えられなかったのだ。

「そ、れは……万屋に行く途中で聞いて知ってたけど」

 そんな兼定の気持ちが伝わったのか、国広はすこしだけ申し訳なさそうな顔をして俯いてしまう。

「けど、何だよ」
「久しぶりに帰ってきた兼さんに僕が作ったごはんを食べて欲しかったんだよ」

 国広が目を瞑って一呼吸で言った言葉に、兼定は一瞬固まってしまう。

「……は?」
「兼さん、きっとお風呂に入りたいだろうから着物畳んであげなきゃってわかってたんだけど、遠征先ではあったかいごはん食べられなかったんだろうなって思ったら、兼さんの好きなもの作りたくなっちゃって……つい」

 冷静に考えれば、いくら国広が忙しく雑事をこなすのが好きだとはいえ疲れ知らずというわけではない。特に今日は鍛錬の内番だったのなら、脇差ながらに第一部隊に所属している彼のこと、きっとみっちり鍛錬に励んだであろうことは容易に想像できる。
 そのうえたくさんの雑事をこなし、きっと自分と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に疲れている筈だ。
 それなのに夕餉の支度までを請け負ったのは、自分に好物を作ってくれるため。何も国広は自分をないがしろにしていたのではなくて、むしろ、何よりも優先してくれていたのだ。

「兼さん?」

 自分を抱きとめる腕にぎゅっと力が入ったのを不思議に思った国広が、兼定の名前を呼ぶ。
 後ろにいる自分を覗きこもうとしているのがわかったけれど、兼定は今の自分の情けない顔を見られたくなくて、腕の力を抜いてやることはできなかった。

「ごめん……。怒ってる?」
「怒ってねぇよ、ばぁか」
「? へへ、よかった」

 大人しく抱きしめられている国広が、嬉しそうに笑う。ばかって言われたくせに笑うとかお前俺のこと好き過ぎるだろと思う反面、その好意が素直に嬉しい。自分は少し顔を見られないだけで勝手に勘違いして、相手がどう思っているかまで考えられなかったのに。
 こういう時に、やはり彼が実は随分年上なのだということを痛感して少しだけ悔しくなる。

「兼さん、結構待った?」
「んー……すぐ寝たからなぁ」
「そうなんだぁ」

 恋人が怒っているわけではないとわかったのが嬉しかったのか、国広は弾んだ声で昨日の遠征や今日の鍛錬内容などの他愛ない話をしては、んーとかおうとかしか言わない兼定に、聞いてる? と確認してくる。

「――でね、……ねぇ兼さん聞いてる?」
「っは、もうお前それ何度目だよ。聞いてるっつーの」

 何度目かの「兼さん聞いてる?」で、とうとう兼定は笑ってしまった。緩んだ腕の中で国広が後ろをむいて、やっと笑ってくれたーと頬に触れてくる。

「待たせちゃって本当にごめんね」
「いーよもう」
「本当はここに戻る前に兼さんの部屋に行ったんだよ。まさかここに居てくれてたなんて思わなくて」
「なんだよ、迷惑だった?」
「ううんっ! 嬉しかったよ、兼さんありがとう」

 お揃いの青碧の瞳に、お互いの姿が映った。ゆっくりとふたりの距離が近付いて、自然と唇が触れる。触れるだけで一度は離れたそれを、兼定が追った。国広の後頭部に手を添えて、数日ぶりのやわらかな感触を確かめる。んん、と息継ぎをしようとして開いた少しの隙間に舌を挿しこみぐっと腰を抱き寄せると、この先を想像して焦ったらしい腕の中のからだがびくんと跳ねた。

「兼さん待って、待って」
「なんで」
「まだ昼で、湯浴みもしてないし」
「いーよそんなの」
「よくないよ!」
「お前が可愛いのが悪い、つうかもう我慢できねぇ」

 じっと目を見て正直にそう言うと、国広は困ったように眉尻を下げてふいと元通り背を向けてしまった。さっきまではどうにかして後ろを向こうとしてたくせに迫られた途端こうかよと思うと、なんだか可愛らしくなってくる。どうしたものかと考えて、ぎゅうっと後ろから抱きしめた。

「なぁ、」

 さらりと揺れた艶髪が、国広の視界の端に映る。

「国広」

 はちみつのように甘く、それでいてどこか大人の色香を孕んだ声で名を呼ばれると、もう指先一本すらも動かせなくなってしまう。
 いつの間にか顎に添えられた手でくいと斜め上を向かせられ与えられる口付けを、国広は目を瞑って受け入れた。






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20150208 新規作成
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