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きみが目覚めた時には -2-

 刀剣たちの為に用意された本丸は、なかなかに立派なものだった。いくつも連なる座敷に、皆で食事を摂れる広間、湯殿、鍛錬の為の道場。広大な敷地内には馬小屋や畑もある。
 大勢の仲間がひとつずつ個室が持てる広さだけれど、まだ幼い短刀たちは皆でひとつの大部屋を使っていた。その近くには鯰尾と骨喰の部屋がある。この兄弟は、よく隣り合った個室の襖を開け放して一続きの間にしているらしい。
 国広はというと、少し離れたところにこぢんまりとした部屋を貰っていた。小奇麗に整えられた一室には縁側がついていて、就寝前にそこを開け放して外を見るのが彼の日課だった。
 今日だって彼はいつも通り、まだまだ寒さの厳しい季節にも関わらず白湯を片手に外の景色に目を向ける。

「今日も、だめだったな」

 ふと零れた言葉が、静かな部屋に溶けていく。
 国広には、どうしても会いたい刀剣がいた。強くてかっこよくて、とても頼りになる、自慢の相棒だ。今の主の元で目覚めた時も、初めてこの屋敷を訪れた時も、国広はいの一番にその姿を探した。
 まだ居ないのだと解った時は少し残念だったが、日を追う事に新しい仲間がどんどん増え賑やかになっていく本丸の様子に、この分ならばそう遠くないうちに会えるのではないかと思うと、待ち遠しさに胸が高鳴った。

 だが予想に反して、いつまで経っても望んだ刀剣は現れなかった。待ち遠しい気持ちは、少しずつ焦りに変わっていった。国広に、外を眺める癖がついたのはこの頃だ。
 新しい刀剣仲間には戦場で会うことが多い。というより、今まで主が行う鍛刀以外では戦場でしか会ったことがない。だからこうやって外を見ていても、会えることはない。それは国広も解っていた。
 けれどもしかしたら、会えるかもしれない。自分がずっと探しているあの人が、ふらりとここを訪ねて来てくれるかもしれない……そんな期待が心の中から消えてくれないのだ。

 けれどいくら眺めても、当然ながら外にその人の人影が現れることはなかった。見えるのは庭の草木と、たまに遊びに来てくれる野良猫だけ。すっかり仲良くなってしまったその猫すらも、今日は夜が深いせいか姿を見せない。
 注いだ時には熱かった湯呑みの中の湯も、すっかり冷めてしまった。

「――もう、寝ようかな。明日も朝から忙しいし」

 湯呑みを枕元の盆に置いて、周りに響かないよう雨戸と障子を締める。布団に潜り込むと、国広は嫌な妄想を振り切るようにぎゅっと目を瞑った。



****

 本丸の南側には、打刀や太刀といった大人の部屋が並んでいる。各人の部屋自体も余裕を持った造りだが、数人が集まって会合ができるような部屋も備えてあり、今日はそこで勝利を祝うささやかな宴が開かれていた。
 隊長の歌仙をはじめ、酒好きな陸奥守、最近仲間となった清光と大和守に加えて、普段は物静かな江雪までもが揃っている。部屋はわいわいと賑やかで、夜も更けたというのにまだ誰も眠るつもりはないらしい。

「いや〜〜今日も大勝じゃったのう!」
「はは、そうだね。陸奥のお陰だよ」
「がははは! あんなやつら一捻りじゃあ!」

 陸奥守は今日一番の武勲を上げたとあって、帰城してからずっとご機嫌だった。普段は少しずつしか飲まないお気に入りの酒を片手にひとりひとりに話しかけ都度褒められその度機嫌が上昇し、その上機嫌のまま歌仙の隣に陣取る。くっと酒を飲み干し、歌仙にも盃を空けさせ、そこへご自慢の酒を注いだ。

「しっかし、頑張った奴がもうひとりおるじゃろう? あいつはどぉこに行ったがじゃ」

 放っておけばまた一息にいってしまいそうな陸奥守をそっと制して、歌仙は今度は自分のペースで酒を口にする。

「堀川なら、夕食の後鯰尾や骨喰たちと一緒に湯殿へ行っていたよ。今頃は部屋でおねむかな?」

 陸奥守の言う『もうひとり』とは、堀川国広のことだった。
 彼は打刀や太刀に紛れて今回の戦に参加し、見事敵の副隊長を討ち取ったのだ。ちなみに隊長を討ったのは陸奥守、ふたりとも、見事な働きだった。

「よっしゃ! ちっくと起こしてくるきに」
「こらこら、こどもはもう寝かせる時間だよ。またの機会にしなさい」
「今日くらいええじゃろ〜あいつも今日の立役者じゃ」
「だめ。ほら大人しく飲むよ」
「なんじゃ〜お堅いのう!」

 国広を迎えに行くと立ち上がった陸奥守の袖を引き、もう夜だからと窘める。
 陸奥守は何度か駄々をこねたが、歌仙にぴしゃりと叱られてようやく諦めたようだ。しゅんとして元の位置に座りなおすその姿がまるで叱られた大型犬のようで、なんだか可愛らしい。

「ときに歌仙」

 ようやく聞き入れてくれたか、と飲み直していると、ふと陸奥守が真面目な顔で歌仙との距離を詰めた。

「あいつはまた怪我しちょらんかったか?」
「あれ、気付いていたのかい、流石だね」
「当たり前じゃあ! わしくらいになると……じゃなくて! その、言いにくいがな」

 そろそろ編成を考え直すつもりはないがか? と、幾分小さな声で陸奥守は言葉を続けた。その先は言葉にはならなかったが、皆まで言わずとも彼が言わんとしていることは解る。

 国広は脇差で、太刀や打刀に比べるとどうしても力負けする。今日の怪我もそれが原因だった。

「いや勿論、文句をつける気はないんじゃがのぅ? でもなぁ……あいつがいつか、大きな怪我をしそうで」
「うん……まぁ、それは本人が一番解っているだろうね」

 本人が一番解っている、それは陸奥守も気付いていた。
 彼が誰よりも熱心に鍛錬をしているのは、足りない力を補う為であろう。国広は素直で真面目な性格をしていて、そして自分の実力を解っていた。
 日々の努力の賜物で目覚ましい成長を遂げてはいるが、それでも怪我は絶えない。脇差である以上いくら鍛えても限界があるのだ。
 脇差、打刀、太刀。刀にはそれぞれに得手不得手があって、どれが優れているとは言えないと陸奥守は思っている。けれど合戦場では、やはり脇差単体では不利なのだ。
 やりきれない気持ちを誤魔化すように盃を空ける陸奥守の優しさに、歌仙のこころが少し温かくなる。

「陸奥。近いうちに新しい合戦場への出陣が決まっただろう」
「あ? ああ、主がそう言っとったのぅ」
「今迄よりもずっと、敵が強いそうだよ」
「わしにまかせちょけ! 敵がいくら強くてもこの銃でようく狙ってバンじゃあ!」
「ははは、君ならやってくれそうだなぁ」

 こくりと、歌仙も酒を飲み干す。芳醇な香りがふわりと抜ける、いい酒だった。

「その戦にね、あの子も……堀川も、どうしても参加したいそうだよ」
「は……、」
「僕はそれに協力するつもりだ」
「な、にを言うとるんじゃ」

 一度は収まりかけた陸奥守が、またがたんと音を立てて立ち上がった。何事かと注目を集めるも、歌仙が適当に誤魔化す。もっとも、ここにいる刀剣たちで国広の怪我に気付いていない者などいなかったのだが。皆大人だから、本人が隠している以上気付かない振りをしていただけだ。

「ちょっと陸奥、いいから座って」
「なんでじゃ! どう考えてもあいつは向いちょらんじゃろう」
「うん。けど彼は頑張っているからね……先日も手合わせを頼まれたよ。君も相手をしてあげたことがあるんじゃないのかな?」
「あいつが頑張ってるのは認める、けど……」
「陸奥はあいつのことを随分目に掛けてるんだな」
「努力する奴が好きなだけじゃ」
「僕もだよ」

 両手を床につき四つん這いのような格好で食らいついてくる陸奥守を再度宥めて、歌仙はまたひとくち酒を口にした。

「……人を、探してるらしいんだ」
「知っちょるわ。『兼さん』じゃろう?」
「そうそう。だから戦場に出たいんだと」
「探すなら、わしらでもできる。見つけたら引っ張って連れ帰ってやりゃええんじゃ」
「うん、でもね、目覚めたばかりで右も左も分からない状態の彼の補佐ができるのは自分だけだ、って譲らないんだ」

 歌仙の言葉に、陸奥守は自分が目覚めた時の事を思い出す。
 前の主と一緒にいくつもの戦場を潜り抜けたから肝は座っている自信があった。けれどそれにも関わらず、数百年の眠りから覚めたあの日ばかりは慣れない人間のからだと置かれている環境に大層戸惑った。
 幕末の時代でかろうじて顔見知りだった堀川がすぐに自分に気付いてくれて、色々と教えてくれなければあそこまで早くこの生き方に馴染むことはできなかっただろう。

「不自由なんてさせられないんだってさ。目覚めた時には隣に居たいんだと。『僕は兼さんの相棒で、助手ですから』って言ってたよ」

 なんだかすごく誇らしげだったな、と歌仙は笑いを零した。

「昔の相棒の為に、そんなに頑張れるもんなんかのぅ……」
「さぁね……でも、ああまで頑張っているところを見るに、余程大切なんじゃないか」
「……」
「僕はそれを、応援したいと思ったんだよ」

 歌仙の言葉に、渋々といった様子で陸奥守が大きなため息をつく。
 なんだかわしまではよう『兼さん』に会いたくなってきたぜよ、と冗談を零す陸奥守にとことん付き合うことに決めたのか、歌仙は彼の盃に酒を注いでやるのだった。







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20150129 新規作成
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