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きみが目覚めた時には -1-

 冬の澄み切った青空に、まるで祭りにも似た賑やかな声が響く。
 大きな戦で勝利を収めた刀剣たちが戻ってきたのだ。勝利を誇る者、称える者、それぞれが笑顔で、彼らの仲の良さが伺えた。

「ちょっと、お洗濯に行ってきまーす!」

 そんな中、そう言ってさり気なくその場を抜けだしたのは、堀川国広。脇差ながら他の打刀や太刀にも劣らぬ働きをする、若手の刀剣だ。

「え、えっ、今日の当番は僕……堀川さん、あのっ」

 敵兵の弓を避けた際についた頬や膝の泥汚れもそのままに洗い場へ向かう彼の背を、本来の洗濯当番だった五虎退が慌てて追おうとして、同じく内番だった鯰尾に手を引かれて立ち止まる。

「いいから、五虎退」
「あの、でも、堀川さん、帰ってきたばかりで疲れてるのに」

 自身も短刀として十分な実力を備えているのに、その控えめな性格ゆえいつも自分より人のことばかり優先して考えてしまう五虎退にとっては、戦果をあげた者に雑事をさせてしまうなんてありえないことなのだろう。鯰尾に止められてもなお、国広の後を追おうとする。

「五虎退」
「――はいっ!」

 それを止めたのは、歌仙兼定であった。穏やかな笑顔で、こちらへおいでと五虎退に向かって手招きをする。
 風流を愛する文化人でありながら、常に一番隊を率いて武勲を重ねる歌仙は、五虎退の尊敬する上司のうちのひとりだった。そんな上司の呼び付けにびくんと肩を跳ねさせ慌てて駆け寄った五虎退は、そのまま台所へと向かっていく。きっと、茶をくれとか何か適当に用事を言いつかったのだろうと察しがついた。
 その背を見送って助かったとばかりにほうと小さく息をつく鯰尾に、歌仙がこっそり目配せをする。まるで全てお見通しだとでも言いたげな笑顔だった。けして勝負事ではないのに、なんだか負けた気分だ。
 会釈をして洗い場へ足を向ける鯰尾を、歌仙は変わらぬ笑顔で見送った。



***

 井戸から汲み上げたばかりの水は、触れた指先が痺れるように冷たかった。
 上着を脱いでシャツの袖を捲り、国広は自らの肘に滲んだ血を洗い流す。あまりの冷たさに無意識のうちに息を止めていたようで、水が流れ終えた後にはぁと大きく息が漏れた。
 未だ流れきれぬ赤に、ため息をひとつ。冷えた指先をぎゅっと握りこんで、もう一杯汲み上げようと桶に手を伸ばす。
 けれど寸でのところで、桶は別の誰かの手に攫われてしまった。

「おつかれさま。俺がやるよ」
「――っ、鯰尾」

 水の冷たさに気を取られいつの間にかすぐ隣にいた脇差仲間にも気付けずにいた国広にいたずらっぽく笑いかけて、鯰尾は手早く水を汲み上げ、洗い桶に注いでやった。

「ハイ貸して」
「あ、ありがとう」
「うひゃー冷てぇ」

 国広から手拭いを受け取ると、鯰尾は屈託ない笑顔を見せながらそれを洗い桶でじゃぶじゃぶと大雑把に濯ぎ、ぎゅっと絞って、そのまま国広に向き直った。ん、と頬に手を添えじっとするよう促して、手拭いで砂や泥を拭ってゆく。
 こうやって鯰尾に傷の手当をしてもらうのはもう何度目だろう。面倒見のいい彼は、国広に限らず脇差や短刀の仲間が怪我をすれば何も言わずとも手当を手伝ってくれる。それだけでなく、相手の気持ちを汲んで、他の者にばれたくないと思っているようであれば最大限そうなるように努力をしてくれるのだ。
 先程自分を追ってくる五虎退の声が聞こえたのに今彼がここにいないのは、きっと鯰尾のお陰なのだろう。年下の仲間には、できれば負傷した姿など見せたくないというのが国広の本音だった。
 だから怪我の手当も、いつも洗濯だと誤魔化すのだ。

「……ありがとう」
「礼ならさっき聞いたよ。怪我は頬と、腕だけ? 他は?」
「膝に少し」
「了解、じゃー足も出せよ」
「うん」
「寒いからさっと済ませて、部屋戻って消毒な」

 もうちょっとだからなと気を逸らすように声を掛けられながら傷口の砂や血を拭ってもらっていると、なんだかこども扱いされているようで少しだけおかしくなってしまう。ふふ、と笑い声を漏らす国広に、変なヤツ、と鯰尾がなんとも言えない顔をした。







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20150129 新規作成
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