かわいい恋人の甘やかし方
――見られている。
そう気付いたのは、與儀がこの部屋に来てからすぐのことだった。
俺もココで仕事してていいですか? そう言ってソファに座ったわりには、書類を捲る音もパソコンのキーを叩く音も聞こえない。
代わりに感じるのは、何か言いたげな視線だけ。
執務机に積み重なっていた書類はまだまだ片付かないが、とりあえずひと通りは目を通した。幸いにも急ぎの用件はない。
これなら、先に相手をしてやっても大丈夫だろう。本当は全て片付けてからと思ったけれど、これ以上待たせておくと拗ねてしまいそうだ。
「言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
ペンを置き椅子を回転させて後ろを振り向く。
思っていた通りこちらをじっと見ていた與儀と、ばちんと視線がぶつかった。
「え! えええ〜っと、なんでもないです」
「なんでもない、という顔ではなさそうだが」
あんなにじっと見ておきながら俺が振り向くとは思っていなかったのか、與儀は目が合った瞬間固まって、そして慌てて手を振って誤魔化そうとする。全く誤魔化せていないのはご愛嬌だ。
おいで、と指先で手招きすると、與儀は一瞬の逡巡の後、観念したようにソファから立ち上がって俺の元へとやってきた。
「ほら、何が気になるんだ」
「……いえ、でも平門サンお仕事中ですし」
「先程からそう見られていては、捗るものも捗らないよ」
「ば、バレてたんですね……」
俺の言葉に目を丸くした後、ばつが悪そうにしている與儀の手をとってやる。しゅんとしていた彼の表情がほっとしたように和らいだ。
以前に與儀のことを『気を緩めさせるのが得意』だと言ったことがあるが、あれは我ながらうまく言ったものだと思う。
今だってほら、彼が見せる表情ひとつで、仕事で疲れていた俺の心がふわりと溶けて暖かくなる。本当は後で仕事を再開しようとしていたけれど、明日でいいかと思わされてしまう。もっと彼のいろんな顔が見たい、甘やかしてやって笑う顔が見たい、仕事中だからと抑えていたその欲求に支配されてしまう。
「仕事の邪魔してごめんなさい」
「いいよ、もう今日はおしまい。さぁ教えてくれないか」
與儀の手をきゅっと握って促すと、気になるって訳じゃないんですけど、と前置きをして先程からの視線の理由を白状し始めた。
「俺が初めて平門サンと、えっと……」
よほど言いづらいのか、いつも賑やかな與儀にしては随分小さな声だ。一言も聞き漏らさないようにじっと瞳を見ると、紫の瞳が潤んでゆらりと揺れた。
「その……キスとか、そういうことするようになったのってちょうど今の花礫くんくらいの年で」
「うん」
與儀の顔が『キス』と言った瞬間にかぁっと赤くなる。
たまに『キスしてください』と強請らせることはあるけれど、こんなに普通の会話でキスという単語を口にするのは初めてなのかもしれない。
いつもはそのまま押し倒すなり口付けるなりするから気付かなかったけれど、している時だけでなく単語を口にするだけでも顔が赤くなるんだな。長いこと傍にいるけれど新発見だ。そんなことを考えながら、次の言葉を待つ。
「あの頃に比べると俺、背も伸びたし、体だって鍛えてて今はもう平門サンとあまり変わらないし、それがダメなのかなって」
「だめ、とは?」
「さ、最近回数減ったのって、それが原因かな、って、思っちゃったんです」
「……うん?」
「だって平門サン花礫くんに優しいし、俺に冷たいし」
慌てているのか、與儀はだんだんと早口になっていく。なんとなく、言いたいことが解ってきた。先程赤くなった顔はそのまま、触れたらきっと熱いんだろうなと思うくらいだ。先程から彼の瞳がうっすらと涙で潤んでいるのは、……きっと彼がとんでもなくマイナス方向に考えている妄想の賜物なのだろう。
「だからその、平門サン的には花礫くんくらいの子がすきなのかなー……って、痛ッ! いたい!」
持っていた資料で、ぱしんと與儀の頭を叩く。力は入れていないつもりだったけれど、與儀が完璧に涙目になったということは知らない間にそれなりに入ってしまっていたのかもしれない。
でも仕方ないだろう。彼を保護してから今日までずっと傍において可愛がってきたのに、それを全く解っていないようなことを言うのだから。
「なんだそれ、つまり俺がコドモに欲情する性癖だって言ってるのか?」
「! ちっ違います! いや違わないかもしれないですけどえーっと」
そこは否定して欲しいんだが、と小さく漏らすと與儀はますます慌てて取り繕う言葉を探すように視線を彷徨わせる。幼い頃からちっとも変わらないその仕草に、なんだか表情が緩んでしまった。
「ちょっと平門サンッ! なんで笑うんですかっ」
「いや、ごめん、」
「俺真剣なのに」
「へえ、……じゃあお前は、真剣に俺がお前でなく他の誰かを好きだって思ってるってことか?」
「えっ」
嫉妬されるのも悪くはないけれど、変に誤解されるのは困るし、捻出したせっかくの時間を拗ねさせたまま終わらせるのは勿体無い。
とりあえず誤解を解くことにした俺の言葉に、與儀は驚いたように目を見開いてそのまま固まってしまった。
「お前じゃない他の誰かに欲情して、キスして、この部屋に連れ込んでいると?」
「〜〜っ、嫌です!!!」
「そうだな、この艇の艇長は俺だし、やろうと思えば何でもできるだろうな」
「いやです、嫌です平門サン、やだ」
椅子から立ち上がり、今にも本格的に泣き出してしまいそうな恋人を抱きしめる。間を置かず、縋りつくように與儀の手が俺の背中に回された。
「お前がそう言ったんだろう?」
「ひ、平門サンはそんなことしません……」
「……うん」
そうだよ、と答える代わりに、頬へキスを。ふわふわの金の髪に埋もれている耳が、赤く染まっているのが目に入った。キスで少し落ち着いたのか、與儀がおそるおそるというように俺の顔を覗きこんでくる。
「冷たく感じたのは、まぁ……悪かった。花礫達の前でお前だけ甘やかす訳にもいかないと思ったんだけど、加減が難しいな」
「――っじゃあ、ふたりの時は甘やかしてくれますか? 俺が変なやきもち焼かないように」
可愛らしい我儘に、思わず笑ってしまう。今度は與儀も拗ねたりせず、一緒に笑顔になってくれた。あぁ、やっぱりこの顔が好きだ。俺だけしか知らない、他のだれにも見せない、心が温まるような與儀の笑顔が。
「やきもちか。俺が好きなのは今も今までもそしてこれからも、目の前にいるこの泣き虫王子ひとりだけなんだけど」
「……っ、え、と……」
「どうしたら信じて貰えるのかな」
ちゅ、と唇を啄む。すこし間が空いて、與儀の指先が甘えるように俺の唇をなぞった。
「……ちゃんと、すきって、言ってください」
「――好きだよ」
「もう一回」
「好き」
「もっと……いっぱい言って、平門サン」
全くこの恋人は、どれだけ好きだと伝えれば安心してくれるのだろう。
愛してる、と言ってキスをした。照れ隠しのつもりだったのに、與儀が俺の頬に手のひらを添えるものだから離れがたくなってしまう。一度ではやめられなくて何度も繰り返し、回数を重ねる度に勝手に深くなっていく。奥に逃げていく舌を吸って、絡めて、息ごと飲み込んでしまうくらいに深く。
「ん、ん……っ、はふ、……ぁ、ッ」
キスに夢中になっている與儀の服の裾から手を差し入れる。なめらかな腰を撫で、背中を撫でて、からだをぐっと引き寄せた。思った通り、キスだけで熱く勃った與儀のものが俺の下腹に当たって、それに驚いた與儀がびくんとからだをはねさせ慌てて距離を取ろうとする。
「ま、待って平門サ、」
「あんなに誘っておいて待てはないだろう」
「あ……っ」
「俺だって、お前に触れたいのをずっと我慢していたんだぞ」
けれど勿論、離してやる気はない。申し訳程度のちからで俺の肩を押す手をそっととって、腰を引き寄せる手にはますます力を込めた。
「がまん……? 平門サンも?」
「お前は无達にかかりきりだったからな……俺の部屋に来ることも減っただろう?」
「それはだって、任せるって言われたから……」
「夜も、遊び疲れて自分の部屋で寝ていたようだし」
目の前10センチの距離にある、與儀の紫の瞳をじっと見る。先程まで放っておくと後から後から滲んできていた涙は、ぴたりと止まっていた。
「――平門サンも、寂しかったんですか?」
「どうだろうな」
「ずるい……」
可愛く拗ねる口をキスで塞ぐ。盗み見た與儀の表情から察するに、もう俺から離れるのは諦めたようだ。
「……ここでもいいけど、」
「え……?」
「ベッドに行く?」
キスを中断し、額をくっつけて誘った言葉に、與儀はこくんと頷いた。
****
「久しぶりだから……、緊張、っあ、します」
與儀がちいさな声でそう言ったのは、彼をベッドに座らせて、その髪や耳にキスを落としながら片手で服を捲っている最中だった。
何のことかと手を止めると、與儀はちゃんとできるかな、と言いながら俺のベルトに手を掛けて前を寛げようとする。きっといつものように、口で奉仕してくれようとしているのだろう。いじらしいその姿に胸の奥が熱くなった。
「いいよ、じっとして」
「んっ、でも」
與儀の手技に任せる気持ちよさにも惹かれたけれど、早く可愛がってやりたい気持ちがそれを上回った。脱がせかけていたカットソーをそのまま脱がせて、顕になった首筋に唇を寄せる。白く温かなそこを少し強めに吸うと、小さく赤い痕が残った。たったそれだけでもぴくんと震える、敏感なからだ。與儀は先程『セックスが減ったのは自分が身体的に成長したからだ』と心配していたけれど、そんなわけない。鍛えられた腕も腹も、なめらかで手触りのいい肌も、勿論幼い頃から変わらない金の髪と紫の瞳も、全部俺好みだ。
「平門サン、俺、いつもみたいにしたいです」
「大丈夫、ほら」
「っ! わ、わ……」
納得行かない様子の與儀を押し倒し、手をとって先程彼が中途半端に寛げていたところへ導いてやる。すっかり勃ちあがってしまっていた熱いそれを握らせると、與儀は顔を真っ赤にしてしまった。
「もぉっ平門サン!」
「お前にやってもらわなくても準備できていただろ?」
「言わないでください、もう……」
恥ずかしいですと文句を言う彼は、押し倒された上涙目の上目遣いという全く効果のない姿だという事を自覚していないようだ。さらには俺のものから手を離さず、愛しむように撫でてくるからたまらない。触らせた時点で十分だったものが、さらに硬さと大きさを増しているのがわかった。
「おっきい、ですよね」
「――あまり、煽るな。ゆっくりしてやりたいのに、今すぐにでも欲しくなる」
「え、あ……」
そこまで言ってようやく自分のやっていることが分かったのか、與儀が慌てて手を離す。けれど当然ながらそれではおさまらない、俺も、――與儀も。
「優しくするから、安心していなさい」
「はい……平門サン、好き」
****
「あ、あ……っ、ひ、っぅん」
ぴゅく、と與儀の先端から溢れた先走りに、うすく白が混じる。
散々煽られてどこまで優しくしてやれるか正直自信がなかったけれど、髪から足の爪先まで愛撫するまでなんとか自制心が保った。けれどもう、そろそろ本当に限界だ。
努力の甲斐あって與儀ももう先程から短い甘い声しか口にできずにいて、ゆっくり慣らした後孔は3本の指を余裕をもって飲み込んでいる。ず、と指を引き抜くと、物足りないとでもいうようにひくひく入り口が収縮した。
このまま一度、イかせておこうか。それとも、もう中に挿れてしまおうか。
そう迷ったのは一瞬だった。與儀のペニスを握ったままの俺の手に、白くなめらかな肌をした與儀の手が重なる。先程まではシーツを握ったり声を我慢するように自らの口を覆ったりしていた手だ。
視線をあげると、真っ赤な顔をして泣きそうになりながら俺を見ている與儀と目が合った。
「……與儀」
視線で強請られるままに、ひくついている與儀の後孔にペニスを押し付けたのは無意識だ。ごくりと音を立てて與儀の喉仏が上下し、赤いくちびるが俺の名前のかたちに動こうとする。
「ひ、ら……っ、っあ!」
與儀に名前を呼ばれるのは好きだ。與儀は出会った頃から甘えたで、嬉しい時、悲しい時、困った時も、とにかく俺の名前を呼ぶ。
こんな時は名前を呼ばせて、強請らせてから挿れるのがいつもの順序になっていた。
けれど今日は、その僅かな時間すらも待てない。めいっぱいに感じて自分を欲しがっている恋人を前にしては、もうあといくらも待てる訳がないのだ。
「あ、あ……っ、う、んッ、ぁ」
片足を肩に担ぎ、もう一方の膝裏を手で支えてゆっくりと腰を進める。
堅くなった先端を埋め込んだところで、びくん、と手のひらの上で與儀の脚が跳ね、柔らかい内壁にきゅうっと締め付けられた。いつものこととはいえ、この熱いくらいの体温と他で感じることのできない気持ちよさにぞくぞくと腰が疼く。気を抜くと、與儀につられて俺まで声が出てしまいそうだ。
「痛くないか?」
はぁっと息をついて、それを誤魔化すように労りの言葉をかける。與儀ははぁはぁと浅い息を繰り返しながら何度も頷いた。初めてからだを繋げたころから変わらないその仕草が可愛らしい。
「ひ……、っぁ、」
ペニスから袋の方に垂れてしまっていたローションを掬うように、下から上へと撫であげる。言葉にならない声をあげてがくんと仰け反った與儀の首筋までもが上気していて、思わずごくんと唾を飲んだ。敏感なそこの中にある玉の感触を確かめるようにすりすりと指先で撫でてやる。そのまま陰茎を掴んで扱きながら腰をひいて、そしてまた進めて。一気に挿れてしまいたい気持ちを抑え、與儀の中にゆっくりとペニスを埋めていく。奥にいくにつれて、與儀の乱れが大げさなものになっていく。耳に届く濡れた声と容赦のない締め付けとで、俺もどんどん余裕がなくなっていった。
「――ふぅ、……、與儀?」
ようやく根本までを収めきって、ぴったり密着する肌の感触と溶けそうに熱い與儀の内壁から感じる気持ちよさに目を瞑る。
そのまま内腿をさすってやると、がくがくと痙攣しているのに気付いた。しまった、ゆっくり挿れたつもりだったけれど痛かったのだろうか。
「與儀、どうし……」
「……っ、っあ、あ……」
どうした、なんて聞かなくても原因はすぐにわかった。鍛えられた腹部が白く濡れて、ご丁寧に臍には水溜りまでできている。一気に貫きたい衝動を我慢することにばかり気を取られている間に、この恋人はいつの間にか射精していたらしい。
與儀とセックスをするようになってもう何年も経つけれど、挿入だけでいってしまうのはめずらしい。そんなにも我慢と期待をさせてしまっていたのかと思うと、ひどく愛しく思えた。
「……気持ちよかった?」
「や、も……」
とろんとした目元に留まっていた一滴の涙を指先で拭ってやりながらそう訊ねる。見ないでくださいと顔をそむけてしまった與儀の腕をとって、こちらを向かせた。
「気持よくなってくれて嬉しいよ」
「う……恥ずかし……」
「恥ずかしがってる顔も可愛いし」
「も、もう平門サン、いじめないでくださいっ」
顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな彼がなんだか無性に可愛らしくて、その目元にキスをした。繋がりがぐっと深くなり、不意をつかれた與儀の口が驚いたように開いたので、今度はそれを塞ぐ。唇を舌でなぞり、差し出された舌を吸って、食むようにくちづける。
「んんっ、はふ、は……」
汗で額に張り付いた髪を避けてやれば、與儀は気持ちよさそうに目をとじた。熱い腕が、甘えるように俺の首に回される。キスのひとつで機嫌を治してくれるのも、この恋人の可愛いところだ。
『いじめないで』と、與儀はそう言うけれど、苛めてなんてない。こんなに可愛がっているのに。けれどそれを口には出さず、抱きしめる腕にぎゅっと力を込める。
「與儀、動くぞ」
「えっ、まって平門サン、俺イったばっかり……」
「ん、もっと気持ちよくするから」
「あっ!」
與儀をしっかり抱きとめたまま腰を引く。内壁が、行かないでとでもいうように絡みついてくる。亀頭のくびれまでを残したところで一旦腰を止め、そのまま勢いよく突き入れた。衝撃で跳ねた與儀の足がベッドに落ちてシーツが乱れる。
「やっ、や、今動かれたら俺っ、また出ちゃうっ」
「ん、いいよ。ひとりではしてなかったのか?」
「ひとりでは……んっ、ぁんっ、だって、ひらとさんとしたかったんです」
「――そうか」
「だ、からっ、だめです、ほんとすぐ、アッ、もうっ」
「かわいい、そうだな、じゃあ今日は何度出せるか試してみようか」
「だ、だめだめだめです平門サン、俺だけいくのだめ……っ、やぁぁっ」
與儀がなんと言おうと腰を止める気はなかったのに、平門サンにも気持ちよくなって欲しい、と喘ぎながら言う與儀が愛しくて、奥の奥までぐっと押し込んだまま唇を奪った。入り口にぴったりくっついているからもう入らないのに、もっとくっついていたくて腰を回す。ぐりぐりと内壁を抉ってやる。俺と與儀の腹の間に挟まれ、先程與儀が出した濃い精液と先走りで擦られている與儀のペニスが、射精前のようにびくついているのがわかった。もうきっと、いくらもしないうちに二度目の射精を迎えるのだろう。
「誰がお前だけだと言った? 俺も溜まってるからな、お前に負けないくらいに何回もいけると思うぞ」
全部受け止めてもらうから覚悟しておいて、と、與儀の耳元でそう言うと、與儀は俺の首筋にぎゅっと抱きついてきた。そうして、脚を俺の腰へ巻きつけてくる。中に出して欲しい、という時にみせる仕草だった。どうやら與儀もまだまだ足りないらしい。
俺だって随分と我慢していたから、足りないのは同じだ。きっと與儀に負けないくらいに濃くなっているだろうそれを早く與儀の一番奥へと出してしまいたい、その欲求のまま止めていた腰をまた動かし始めた。二人でどろどろになるまで抱き合って、溶け合うようにくっついて眠って、一緒に朝を迎える為に。
end
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