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Happy happy Birthday

「何がいい?」
「え?」
「誕生日プレゼント」

 2月11日、午後8時。暦の上ではもう春とはいえまだまだ寒く、空高くを飛ぶ貳號艇の窓から見る地上は一面真っ白だ。朔や喰を招いて盛大に開かれた誕生パーティーの後、まだひとりになりたくなかった與儀は適当に理由をつけて平門の部屋を訪れていた。窓から眺める雪景色に見とれている背中にそう声を掛けると、與儀は驚いたように平門を振り向く。

「え! えっ、でも、今年はみんなでパーティーしてくれて……、あの大きなケーキ、平門サンからだって聞きました」
「うん。そうだけど、あれはみんなで食べただろう」

 ソファに座っている平門のもとへと歩いてきた與儀の尻尾を掴み、お前へのプレゼントをあげたいんだよと笑う平門の笑顔に、與儀も顔を綻ばせた。大人しく隣に座って、うーんと考え始める。

「えっと、迷っちゃいますね、んー……、あ!」
「決まったか?」
「何でもいいですか?」
「俺が用意できるもので頼むよ」
「平門サンにできないことなんてない気がしますけど……。去年のニャンペローナ部屋とか」

 ニャンペローナ部屋、というのは昨年與儀に贈られた誕生日プレゼントだ。
 闘員には元々ひと部屋ずつ私室が割り当てられているが、平門はそれとは別に與儀の為にひと部屋用意して、プレゼントだよと鍵を渡した。
 赤い絹のリボンが結えられた、随分とクラシックな形の鍵。手のひらにちょこんと載ったその鍵に、與儀の胸はどきどきと高鳴った。だってこれは、紛れもなく宝探しだ。

 広い貳號艇の廊下をぱたぱたと音をさせて駆け回っても、その日ばかりは羊にも誰にも叱られることはなかった。遊びに来ていた朔も、仕事で居合わせた燭も、曲がり角でぶつかりそうになったイヴァだって、平門にもらった鍵を握り締め目を輝かせているその日の主役の姿に目を細めることしかできなかった。

 人気のない通路の片隅で、ようやくお目当てのドアを見つけた時の喜びは、一年経った今でも忘れることはない。
 上部にニャンペローナの飾りが付いてる鍵穴に、震える手で鍵を入れる。かちりと錠が開く音に、深呼吸をひとつ。そぉっと開けたドアの向こうの広い部屋では、壁一面に造りつけられた棚に並んだ沢山の新作ニャンペローナグッズ達が與儀を待っていた。

「本当に凄かったです、俺が持ってたニャンペローナ達全員連れてってもまだ余裕ある部屋で……」
「お前の部屋がニャンペローナに占拠されかけていたからな。気に入っただろう?」
「そりゃもう、何年分のプレゼントかと思いました」

 心底嬉しそうな與儀の笑顔に、平門のこころが暖かくなる。こんなに喜んでくれるなら、プレゼントした甲斐があるというものだ。

「今年もちゃんと用意するよ。だから教えてくれないか? 欲しいもの、決まったんだろう」
「あ、ハイ。あのですね」
「うん」

 與儀が欲しがるものならば、なんだって与えてしまいたい。そうして、ありがとうと笑う彼の笑顔が見たい。
 誰にも言えないけれど、それが平門の本心だった。けれどあまり甘やかすのは彼の為にならないということは解っていたから、これでも普段は抑えているつもりだ。

 でも今日は、與儀の誕生日。年に一度、表立って甘やかしてもそれが許される日だから。
 これから與儀が口にする『欲しいもの』が、たとえ簡単には手に入らないものでも、與儀の望みを叶えてやるつもりだった。だから、多少のことでは驚かないつもりだったのだけれど。

「平門サンと一緒に眠れる券がいいです!」
「はぁ?」

 與儀が望んだものは、あまりに平門の予想の範疇を超えたものだった。思わず声が裏返ってしまい、咳払いをして誤魔化した。

「……け、券?」
「ハイ! 俺が小さい頃、よく一緒に寝てくれましたよね。平門サンの部屋の平門サンのベッドで、平門サンはいつも遅くまで仕事してたから、俺が先に潜り込んで。あの頃みたいにもう一度、一緒に寝たいです」

 好きなデザインの服や靴、音楽プレイヤー、去年は部屋。
 冷静になって思い返せば、それらは全て與儀がねだったものではない。彼はあまり欲のない性格で、毎年プレゼントには悩んだものだ。だからこそ、今年は本人に欲しいものを聞いてみたのだが。
 まさか、こんなものをねだられるとは欠片も思わなかった。『自分と一緒に眠りたい』、それが一年に一度きりの誕生日のプレゼントに欲しいものだなんて。

「……ダメですか?」

 驚きを隠せずにいる平門の表情に、與儀がしゅんと肩を落とす。

「いや、駄目というか、……そんなものでいいのか?」

 その不安げな声にはっとして再度確認してみても、與儀の答えは同じ。『ハイ!』という元気のいい返事と一緒に返ってきたとびきりの笑顔に、平門のこころがあまく締め付けられた。



****

 それから数時間後。一旦自分の部屋に戻り入浴を済ませた與儀は、プレゼントされた小さなチケットを片手に平門の部屋へとやってきた。

「本当に持ってきたのか、それ」
「え? はい、折角作ってもらったから」
「俺としては、作ること自体が予想外だったんだけどな……」
「いいじゃないですか、なんだか楽しいですし。ね、平門サン、もうベッド行っていいですか?」
「え、ああ」
「やった! お邪魔しまーす」

 ご丁寧に貳號艇長印まで押された『平門サンと一緒に眠れる券』を平門に渡して、與儀はころんとベッドに寝転がる。そうして、どうしたものかと傍に立ったままだった平門の袖を引き、ベッドへ座るように促した。

「えへへ、俺平門サンのベッド大好きなんです」
「へえ、お前のベッドとどう違うんだ?」
「えと、まず大きくて」
「サイズは一緒の筈なんだけどな」
「あったかくて」
「お前のほうが体温高いだろう」
「もう! 茶化さないで聞いてください」
「はは、ごめん、続けて」

 拗ねた與儀の金の髪を撫でてやると、洗いたてのそれからはふわりと花の香りが立ち上がった。その心地よさに誘われるように、平門も隣へと横たわる。久しぶりの体温が嬉しいのだろう、與儀は途端にご機嫌になって迷わず平門にくっついてくる。平門がこんなに甘やかすのは與儀だけだが、平門にこんなに上手に甘える事ができるのも、與儀だけだ。

「平門サンのにおいがして、ほっとして、すぐ眠くなって……でもせっかく平門サン独り占めできてるのにすぐ眠るのが勿体ないから、うとうとしながら頑張って起きてるこの感じが、なんだか、幸せそのものって気がするんです」
「――そうか」

 ゆっくりと言葉を紡いでいる間に、本当に眠くなってきたのだろうか。いつの間にか目を瞑っていた與儀の長い睫毛が、ベッドサイドの灯りを受けて目元に影をつくる。與儀を保護してからのこの数年で、彼はぐんぐんと身長が伸び、声変わりもして、本当にきれいに成長した。こうやって間近で見ると、特にそう思う。透明感のあるきめ細やかな肌、まばたきをするたびに音がしそうなくらい長い睫毛、柔らかで艶のある髪。北の国のこどもは、みんなこうなのだろうか。ぼんやりとそんなことを思っていると、與儀がくすくすと笑いだした。

「どうした?」
「いえ、でもこれって、平門サンのベッドっていうより平門サンが好きみたいだなって、そう思って」
「……は、」
「え?」

 與儀にしてみれば、本当に、他意なく思いついたままを言った言葉だった。ただ、それまで自分の髪を撫でてくれてい大きな手が止まったのを不思議に思って目を開け、固まってしまっている平門とばちんと目が合った瞬間に自分の言った台詞の大胆さに気付いたようだ。

「な、に言ってるんだろ、俺」
「與――」
「や、えっと……っあ! 実は俺も、プレゼントがあるんですよ」

 慌てた與儀は動揺を隠すようにがばっと起き上がり、着ていたパーカーのポケットに手を突っ込んだ。

「平門サン、これ、」

 平門の手をとり、開けてください、と取り出した小さな箱をそっとのせる。
 促された平門がリボンを解くと、そこには可愛らしいチョコレートがふた粒、行儀よく並んでいた。

「チョコレート?」
「バレンタインデーが近いから……いつもありがとうございます、のチョコです」
「なんだ、好きだから、じゃないのか」
「ぅ、〜〜っ、もう、からかわないでください」
「ごめん」

 先程じゃれていた時とは違って、本格的に拗ねてしまいそうな與儀の頬をよしよしと撫でてやる。触り心地のいい頬は、焦ったからか、それとも照れているのが原因か、いつもよりずっと熱く感じられた。

「與儀、食べさせて」

 俯いている與儀の顔を覗き込み、甘えるようにリクエストしてみる。與儀は甘えることには慣れているけれど、逆は慣れていない。ドキドキという鼓動の音が聞こえてくるのではないかと思うくらいに顔をまっかにさせて、それでもチョコレートをひとつつまんで平門の口元へと持ってきた。
 ぱくんと食べると、今度は心配そうにじっと見ている。こんな風にころころ変わる表情が、本当に見ていて飽きない。

「おいしいですか?」
「ん、お前も」

 平門は笑いそうになりながらも残りのひとつをつまんで、與儀に食べさせてやった。ぱくん、と閉じた唇の端についたかけらを、そっと親指で拭う。

「おいしい?」
「…………甘い、です……」

 ふたりの距離が、ゆっくり近づく。與儀の視界が平門でいっぱいになる。近すぎる距離に與儀の心臓がどくんと高鳴ったけれど、距離を取ろうにも深い紫の瞳にまっすぐに見据えられていると指先すらも動かすことができない。
 30センチ、20センチ、10、9、はち、なな、ろく。

「平門サン……?」

 このまま、距離がゼロになったら、どうなるんだろう。もしかしたら、……キス、してしまうんじゃないだろうか。

「え、平門さん、ひら……、っ!」

 慌ててぎゅっと目を瞑った與儀の耳元で、ふっと平門が笑う気配が感じられた。次の瞬間、ふわりと抱きしめられるあたたかな感覚が與儀を包む。

「與儀、誕生日おめでとう」

 キスは、されなかった。こども扱いされているのだろうか、と思うと、残念なようなほっとしたような。そんな気持ちを誤魔化すように、與儀はひろい背中に手を回して抱きついた。

「ありがとうございます。ね、平門サン、俺が大人になったら……」



(いつか、キスしてくれますか?)





end

改定履歴*
20140213 新規作成



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