独り占めさせて? -4-
「思い出した? ……いい?」
にこり、愛しさを隠そうともしないその表情で覗きこまれて、思わず顔がかぁっと熱くなる。
思い出した……けれど。いいとも悪いとも言えない。だって目の前にいるのは自分の恋人で、けれど恋人ではないもうひとりの與儀だ。彼を受け入れることは浮気になってしまうのだろうか。
花礫が何も言えずにいると、それを了承と受け取ったらしい與儀にひょいと抱え上げられてしまった。
艶めく黒の髪にキスを落とし鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌の與儀が向かうのは、当然ベッドの置いてある方向だ。
「ま……っ、待て待て」
慌てた花礫の言葉に、銀色の與儀は案外大人しく立ち止まってくれた。
それにほっとしたのも束の間、今度は自分の次の言葉を待つようにじっと見上げてくる大型犬のような純粋な瞳のまっすぐさに怯みそうになる。
花礫は自分を落ち着けるようにひとつ息をついて、よく聞けよ、と前置きをして言葉を続けた。
「あのな、俺は與儀と付き合ってんの。そういうコトもしてるし、それは知ってる……か?」
「うん、知ってるよ」
「そっか。んで、お前も與儀だよな」
「そうだよ」
「じゃあ改めてヤる必要ねーだろ? いつもやってんだし?」
「なんで。付き合ってんだから俺ともしようよ」
我ながら説得力ねぇなとは思ったが、やはり銀與儀にも効果はなかったようだ。
彼は拗ねたように眉尻を下げると、よいしょと花礫を抱え直して頬にちゅっとキスをした。
「ね? 花礫、焦らさないでよ」
まるで駄々をこねるこどもをあやすように、銀與儀は腕の中の恋人の名を呼ぶ。毒のように甘い、甘い声だ。絆されそうになるのをぐっとこらえた花礫がどうにか説得をと次の言葉を探すが、銀與儀はその僅かな時間すらも待てないとでもいうかのように、額に、頬にとキスを重ねてきた。
「花礫」
また、名前を呼ばれる。頭の芯がくらりと揺らめいて、距離をとろうと銀與儀の肩に突っ張っていたはずの手から力が抜けた。
その些細な変化に気付いた銀與儀がにこりと笑って、花礫はますます言葉を失った。
このままではきっと流されてしまう、それは解っているけれど、でもこれ以上の拒否の言葉が思い浮かばない。されるがままになってしまっていると、ふと自分を抱き上げていた腕が緩んで地面に戻された。
不思議に思う間もなく、目の前に大きな手が差し出される。銀與儀の意図に気付いて花礫が顔を上げると、そこには声にも負けない、優しい笑顔があった。
「ね? 行こ」
まっすぐに視線を合わせて、けして無理やりではなく花礫を誘う。
きっとこの手をとったらもう戻れない。予想ではなく、そう確信した。
たっぷりの時間を掛けて、浮気だとか與儀だからいいんだとか、同じところをぐるぐる考える。手を取りそうになって、また引っ込めて、何も言えずにひたすら迷う花礫の姿を見守る銀與儀の視線は、金色の彼が見せるのと同じように愛しい、かわいい、そんな気持ちをかたちにしたようなものだった。
もちろん、與儀の手のひらをずっと見つめていた花礫はその甘さに気付いていなかったのだけれど。
散々迷って、結局、花礫はあまい誘いをはねのけることはできなかった。覚悟を決めたように、そろりと手を伸ばす。
だって目の前にいるのは與儀なのだ。照れくさくていつも可愛くない態度をとってしまうけれど、誰よりも大事で、大好きな恋人。世界で唯一、心もからだも許した相手にこんな風に請われたら断れない。
それでも、差し伸べられた大きな手を取るその瞬間は、どうしても目を合わせていられなかった。
手と手が触れて、きゅっと力が篭められる。花礫が顔を上げるのと同時に、そのしなやかなからだは與儀の腕の中に閉じ込められた。
「ありがと……だいじにするから」
耳元でそう囁かれ、ぎゅっと、息が苦しくなるくらいにぎゅうっと抱きしめられる。顔は見えないけれど、不思議なくらい心が落ち着いた。
――大丈夫、中身は違うけれど與儀だ。だって顔も体温も、俺のことをすきだと甘やかす声だって、全部いつもの與儀と何一つ変わらない。
だからこれは浮気じゃないんだと自分に言い訳をするように目を瞑って、花礫は銀與儀の背に腕を回した。
改定履歴*
20141205 新規作成
- 4/4 -
[前] | [次]
←main
←INDEX