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きみの帰る場所 -4-

「……何か、俺に用事だった、の?」
「用事っつーか……お前に直接、言ってなかったから。いなくなること」
「それで、こんな夜中に?」
「悪ぃかよ。今日しかねぇだろ」
「う、ううん!」

 花礫が明日艇からいなくなる、やっぱりその事実は変わらない。だけど、それを人づてにでなく本人がわざわざ伝えに来てくれたことで、與儀は波立っていた自分の心がゆっくりと凪いでいくのがわかった。
 今なら言えるのかもしれない。艇を降りても元気でね、花礫くんの事が大好きだったよ。またいつか、会えると嬉しいな。そう伝える、今がきっとその最後のチャンスだ。

「でもそっか、やっぱり明日、いなくなるんだよね。またいつか……」
「――そうだよ。そんで、ちゃんと胸はってお前らといれるように、勉強してくる」
「うん……え?」
「お前は嫌かもしんねぇけど。俺、守られてばっかとか絶対嫌だから。〜〜もうお前の足引っ張んねぇようになってくるから……そん時はまたここで、あの羊とかに、ただいまって言いたいって、それだけ言っときたくて」
「え? えっ待って花礫くん、それって、もしかして」
「何」
「花礫くんが艇を降りるのって」
「輪の訓練校に行くためだけど」

 言葉が出てこなかった。『輪の訓練校に行くために』艇を降りるということは、もしかしたらまたこの艇で一緒に過ごせるようになるということだろうか。花礫は確かにそう言っているけれど、なんだかあまりに突然で、もしかしたら自分に都合のいい夢を見ているのではないかと頬をつねりたくなる。

「別に、歓迎してもらおうとか思ってなかったし。お前俺が輪になるの嫌なんだろ」
「そ、そんなこと言ってない! 嬉しいよ!」
「嘘つけ!」
「何で嘘!?」
「だって『貳號艇の子供』ってお前らみたいな闘員になることなんだろ? 前に俺がクソメガネにそう言われたって言った時、目ぇ逸したじゃんか……っ」

 そんな與儀の反応が、花礫には歓迎されていないように伝わってしまったのだろう。先程よりも心なしか勢いをなくした声で、そう呟くように言われてしまった。慌てて否定してみてももう遅くて、一度は大人しくなってくれていた痩身がまた與儀の腕を解こうと身を捩る。與儀はその勢いを利用して、一瞬自由にさせた花礫の体を反転させ自分の方を向かせた。

「それはっ花礫くんの事が、心配だったんだよ!」
「心、配? 何で……」
「そうだ花礫くん、ちゃんと平門さんに教えてもらった!? 輪の訓練校はね、色々規則があって、えっと何から伝えたら……あのね、入学したらもうそれだけでそれから先一生輪の仕事しなくちゃいけなくなるんだよ!」

 自分よりもずっと薄い、まだまだ子供らしさが残る肩に手を置いて、花礫と正面から目を合わせる。花礫はまだ、子供なのだ。普段は隠していても、心根は優しくお人好し。弱いものを助けたいと願う、素直な子供。平門だってそれには気付いているだろう。自分の上司を信頼していないわけではないけれど、花礫の能力を買って輪に欲しいと思った平門が、花礫に輪になることのデメリットを伝えていないとも限らない。
 花礫が、上の人間に好き勝手に利用されるのだけは絶対に嫌だと、そう思った。

「ああ、そのこと……聞いた」
「聞いた、じゃなくて! 納得してる?」
「してるよ」
「ほんとに? 花礫くんの築いてきた過去とか、自由な未来とか、なくなるんだよ? 解ってる!?」
「うるせぇな、解ってるよ」
「もう……っ」

 けれど、いくら真剣にその事を伝えようとしても、花礫はあっさりとしていて気にかける様子がない。確かに過去とか未来とか、花礫くらいの年では現実感がなくてわからないのかもしれないけれど、後戻りはできないのだ。

「花礫くんあのね。まだ実感がないかもしれないけど、大事な事なんだよ。ちゃんと聞いて……」
「ガキ扱いすんな。解ってるって。いいんだよ。それに、『自由な未来』なんてなくなんねぇし」
「でも、だって、ずっと何か他にやりたいことができても、一生輪にいなきゃいけなくなるんだよ! それに、傍にいたい人ができても……叶わなくなる、し」

 今の俺みたいに、とは言えなかった。もしも自分が輪でなく花礫と出会ったならば、ずっと一緒にいれたのだろうかと考えたことがないと言ったら嘘になる。けれど與儀には他の何よりも最優先の火不火と戦うという使命があって、それは輪でないと叶わないことだから。花礫が艇を降りる以上、一緒にいることはできないのだ。例え大人げなく涙が零れて、胸が張り裂けそうに悲しくても。



「それでいいの。未来が自由に選べるって言うんなら、俺は輪で働く事を選びたい。无みてぇなやつを泣かせたりする火不火と戦いたい。足手まといじゃなくて、守られるだけじゃなくて、胸はって肩並べてお前らとこの艇にいたい。それが俺の夢なんだからいいんだよ。一生を輪で、なんて、望む所だ」
「花礫く……」
「それに、俺――、俺が傍にいたいのは、お前だから」

 すこし低くて艶のある、大好きな花礫の声。その声でゆっくり紡がれる言葉に、一瞬思考が止まる。
 夢じゃないだろうか。花礫が、好きな人が、自分の意思ではっきりと輪になりたいと言ってくれた。そうして、自分と一緒に居たい、と。

「――今んトコ! だからな!? 勘違いすんなよ!」

 與儀は普段から感情表現が豊かと言われるだけあって、何かと気持ちが顔に出る。先程まで苦しく切なそうだった彼の表情がみるみるうち明るくなるのを見た花礫が、自分の言葉を反芻し焦って否定しようとするも、もう遅かった。
 長い睫毛が縁取る目にいっぱいの涙を浮かべた與儀に、今度は正面からぎゅうっと抱きしめられる。
 大きな手で背中を抱き寄せられると、気恥ずかしいのに心地よくてほっとする不思議な感覚が花礫を包んだ。

 『花礫くん、俺も、ずっと花礫くんの傍にいたい』掠れた声で囁くように伝えられる與儀の想いが、すうっと花礫の心に落ちる。気づけば花礫は、いつの間にか、自分を抱きしめている男の背中に両手を回し、宥めるようにその背を撫でてしまっていた。

「ねぇ、花礫くん。どうして俺の傍にいたいって思ってくれたの?」
「……お前は、俺に『ただいま』っていう場所をくれたから」
「あ、初めて艇に来た時……」
「そう。ただいま、おかえりって、なんか……子供みてぇでダセェけど、嬉しかったんだ」
「そっかぁ……」

 自分が何気なくやった行動で、少しでも花礫が嬉しいと思ってくれていた。その事がなんだかとても嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。自分の肩口にぽすんと預けてくれている花礫の頭を、そうっと撫でてやると、花礫は気持ちよさそうに目を瞑ってくれた。

「なあ、與儀。俺が輪になれたら、またこの艇で『ただいま』って言っていいだろ?」
「もちろんだよ。俺が、花礫くんの帰る場所になるよ」
「ほんとに、嫌じゃねぇの」
「嬉しいよ、ほんとに嬉しい……」
「……ん」

 きっと抱きしめられていて與儀の表情が見えないから素直になれるのだろう。いつになく素直に自分の気持ちを伝えてくれる花礫の事を、ただ愛しいと思った。愛しくて、抱きしめているだけじゃもう足りない。

「――あ! 俺花礫くんに伝えたいことがあったんだ」
「ん、何?」

 でもこれより先に進むためには、ちゃんと言葉にしないといけないから。大人しく抱きしめられてくれているし、傍に居たいって言ってくれたし、もう花礫の答えはわかっているようなものだったけれど。
 與儀は抱きしめていた花礫からようやくお互いの顔が見える位置までからだを離し、大好きな黒の瞳と視線を合わせて自分の気持ちを伝えた。

「ねぇ花礫くん、俺は君のことが好きだよ。花礫くんは?」

 一瞬の間の後、花礫は『馬鹿じゃねぇの』といつもの調子で目を逸らす。けれどその頬が暗い部屋でもわかるくらいに真っ赤に染まっていたから、與儀はその熱い頬にそっと手を添え、ちゅ、と可愛らしいキスをした。






改定履歴*
20130522 新規作成
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