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きみの帰る場所 -3-

 可愛らしい雑貨と大きな手作りのぬいぐるみで賑やかな部屋に、すやすやと気持ちよさそうな二人分の寝息が聞こえる。與儀はソファから身を起こし、ベッドにあった毛布と自分が持ってきていた毛布をそれぞれ机に突っ伏して寝ているツクモと无に掛けてやった。

「ツクモちゃん、无ちゃん、おやすみ」

 二人を起こさないように小さな声でおやすみの挨拶をして、そっと廊下へ。足元を照らす誘導灯を頼りに、與儀は静かな廊下を自室へと向かって歩き出す。

 與儀と无がこんな時間までツクモの部屋にいたのには、もちろん理由がある。
 まだもう少し猶予があるだろう、そう思っていた花礫が艇を降りる日。それが思っていたよりもずっと早くに訪れたのだ。しかも平門から知らされた予定によると、花礫の出発は翌朝の早い時間で、本人はそれに備えて既に就寝しているという。
 もう、二人きりで彼に自分の気持ちを伝える時間をとることは望めないだろう。

 その事実を一人で抱え込むのがどうしても辛くて、與儀は花礫へのプレゼントを徹夜で作るツクモと无と一緒に夜を明かそうと思いツクモの部屋を訪れた。最初こそ三人で時間を過ごし寂しさを誤魔化せていたが、やはり二人共疲れていたのだろう。時計が十二時を周る頃には仲良く夢の中へと旅立ってしまった。
 與儀もなんとか眠ろうとしてみたものの、一向に眠気が訪れる気配がない。そこでとりあえず自室に戻ることにしたのだ。



 明日の朝、見送りの時に何と声を掛けよう。
 気をつけてね、幸せになってね、気が向いたらメールしてね。あ、でも花礫くん携帯持ってなかったっけ、今から用意なんてできないし、じゃあ俺のアドレス教えて……登録してくれるかな。してくれても、それで終わりな気がする。いやでももしかしたら、一言くらいメール送ってくれるかもしれない、花礫くん何だかんだ言ってお人好しだし……。
 そんなとりとめのないことを次々と考えながら歩いていると、自室まではあっという間だった。眠れるかは分からないけれど、とりあえずベッドに横になって朝を待とう――そう決めて最後の角を曲がり、そのまま、その場に立ち尽くす。見慣れた自室のドアのそばに、人影が見えたからだ。

「花礫、くん……?」

 ようやく顔が見えるくらいの仄かな灯りの中、それでも、與儀は彼を見間違える筈なんてなかった。だって、何度も、それこそ彼のことで頭がいっぱいになって眠れなくなるくらいに今の今まで想い描いていたその人だったのだから。

「……與儀。何で、お前」
「何でって、それは俺の台詞……、っあ、花礫くん!」

 振り向いた花礫は少し驚いたような表情を見せた気がする。そうして、何で、と理由を聞いた瞬間にぱっと顔を逸らしてそのまま與儀を避けるように反対方向に歩き出してしまったのだ。

 まさか、と思うけれど、艇を降りようとしているのだろうか。
 ここは空の上だし、花礫は輪ではないから飛べないのだけれど、一度こうと決めたらそれを貫く意志の強さを持ち合わせた彼のこと。あと一晩が待てず今すぐに、無理にでもこの艇を脱出しようとしているのかもしれない。もしかして、いつの間にか小型艇の操縦を覚えていて、それで……?

「待って花礫くん!」

 勿論、艇には24時間体制の警備をプログラムされた羊達がいるし、そもそもいくら花礫が機械に強いとはいえ一個人が小型艇を盗める程輪の警備は甘くはない。冷静に考えれば花礫がここを脱出するなんて不可能だということは明らかなのだけれど、その判断ができなくなるほどに慌ててしまっていた與儀は花礫に駆け寄りその手をとった。

「なんっだよ、うわ……っ」

 予想通り手をとっただけでは止まってくれなかったから、與儀は迷わず目の前にある痩身を抱きしめる。自分と10センチちょっとしか違わないとは思えないくらい薄っぺらい背中。最近はこれを抱きしめる度に愛しさでふわりと心が暖かくなっていたのに、今回ばかりは違った。こうやって彼の体温に触れることができるのもこれが最後かもしれない、そう思うと胸がたまらなく苦しくなる。

「ばか、離せよ、苦しいっ」
「離したら逃げるでショ!? だめだよ、降りるなら降りるでちゃんと安全なとこに……」

 離せと身を捩る花礫を腕に抱きとめたまま、與儀は精一杯自分の気持ちを抑えてそう提案する。本当は艇を降りて欲しくなんかない。ずっとこのまま、艇に居て欲しい。けれど艇を降りるのが花礫の望みならそれを叶えてあげたい。もうこの先守ってあげることができないならば、せめて最後の瞬間までは自分に出来うる最良の事をしてあげたい。彼が新しいスタートを切るのに適した、安全な地まで送り届けてあげたいのだ。

「何、こんな夜更けに出てけって言いてぇの?」
「……え? 艇を降りようと思ってこんな夜中に廊下歩いてたんじゃないの?」
「はぁ? つーかとりあえず離せって!」
「ダメ!! 花礫くん話聞いて……っ」

 けれど花礫の反応が、なんだか予想していたものと違う。ゆっくり考えたいけれど、花礫がどうにか與儀の腕から逃れようと暴れる為にそれはできない。そうこうしているうちに知らず声が大きくなっていたのだろう、いつの間にか羊が一匹、二人の足元でこちらを見上げていた。

「どうしたメェ?」
「あ……っ、なんでもないんだよ〜?」

 この羊は姿形こそ小さいものの、これでなかなか力が強い。数も多く俊敏に動くので、その気になればすぐに仲間を集めて花礫はもちろん與儀だって持ち上げてしまうだろう。そうなると厄介だ。
 與儀は左手で花礫の口を塞ぐと、夜だから静かにするメェ、という羊にゴメンね〜っと小声で笑いかけ、そのまま花礫をひょいと抱きかかえ自室へと連れて戻った。



「はぁ、びっくりしたね〜、怒られちゃうとこだったよ」

 ぱたん、と静かにドアの締まる音が響く。羊を刺激しないようにと気を遣った與儀が、自分の体を使ってゆっくりとドアを閉めたからだ。今まで無人だった與儀の自室は当然灯りもついておらず、窓のカーテン越しのやわらかな月明かりだけが唯一の光源だった。

「もういいだろ、離せよ」
「あ、うん……」

 ひとつ息をついて壁にある照明のスイッチに手を伸ばそうとした所で腕の中の花礫にそう呟かれ、與儀は彼を抱きとめていた腕から少しだけ力を抜いた。先程までとは違って逃げようとする意思は感じられないけれど、それでもなんだか今にもいなくなってしまいそうな不安が消えてくれなくて、完全には解放してあげられない。
 それでも花礫には十分だったようで、彼の強ばっていた体からもまたいくらか力が抜けたように見えた。

「花礫くん、あのさ」

 どうしてこんな夜中に廊下にいたの? 寝てたんじゃなかったの? 明日やっぱり艇を降りるの? ……艇が、俺たちの事が、嫌になった?
 花礫に聞きたいことはたくさんあるのに、どれから聞いたらいいのかわからなくて言葉が出てこない。でも、彼は明日にはいなくなってしまうのだ。もうあんな風に『あの時ああすればよかった』なんて後悔はしたくないと決めたばかりではないか。

「……っ、あの」
「お前、そんなに俺が邪魔?」
「え?」

 そう意を決した與儀の言葉は、花礫の言葉で遮られた。後ろから抱きしめているから表情は見えないけれど、声から察するに、きっと機嫌は良くなさそうだ。離せと嫌がる花礫の口を塞ぎ抱き上げて半ば無理やり自室に連れてきたのだから、当然といえば当然だけれど、それでも、この声はまるで――…

「どーせ俺が明日艇を降りるってクソメガネに聞いてんだろ。なのにこんな、この艇に俺がいるの、あと一晩だって我慢できないってワケ?」
「――違うよ! そうじゃなくって」
「じゃあ何で廊下歩いてるだけでそうなるんだよ!!」

 肩越しに覗き込めば、少しだけ見える花礫の横顔、長い睫毛。それが月の灯りを受けて淡くきらめくのが、與儀の目に映る。
 あぁ、やっぱり。泣かせてしまった。

「だって! それ以外思いつかないよ、何でこんな夜中にこんなとこに」

 違うのに。花礫に艇を降りて欲しいだなんて、そんなこと思っている訳ないのに。自分の気持ちが一ミリも伝わっていないのがもどかしくて悔しくてつい声が大きくなる。花礫の声も、それに呼応するように大きくなっていった。

「お前が、いつまで経っても戻ってこねぇから!」

 だから、これは聞き間違いではないのだと思う。信じられないけれど、花礫は、與儀の事を待っていたとそう言ったのだ。






改定履歴*
20130522 新規作成
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