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きみの帰る場所 -2-

 花礫への想いを自覚したのはいつだっただろう。初めは、気のせいだと思ったのだ。彼と目が合うと嬉しくて、触れる度どきどきと鼓動が早くなるのも、少しだけ体温が高くなる感覚も、滅多にない『新しい仲間』と一緒に過ごせて嬉しいから気分が高揚しているのだと。
 けれど共に過ごす日々の中で、花礫の事――例えば、けして恵まれたとは言えない境遇で育ってもなお自分のことは二の次に義弟妹を守ろうとする優しい心根や、その生い立ち故に甘えるのが苦手な所、そして、案外面倒見がよくお人好しな所。数え上げればきりがないけれど、花礫の事を知れば知るほどに與儀の中で彼の存在がどんどん大きくなっていった。
 一度も名前を呼ばれた事がないと気付いた時には、もしかして嫌われているのかもしれないと心が凍りついたように苦しかったけれど、その分初めて名前を呼んで貰えた時には思わず泣いてしまうくらいに嬉しかった。
 頬を伝う涙の暖かさに、與儀は自分の中に育った感情の名前を知る。
 この頃には、もう戻れないくらいに花礫の事を好きになってしまっていた。



 気持ちを自覚してからは、花礫に対する日々の小さな発見が愛しさに変わり順調に積み重なっていくのが手に取るようにわかった。淡いピンク色の桜の花びらが一枚二枚と手のひらに舞い降り色を重ね鮮やかさを増していくように、少しずつ愛しさが増していく。それは艇で過ごす賑やかで楽しいひと時に限ったことではなく、今日のような戦いの中だって変わらないようだ。

 とばすよ、掴まって、そう言って手を差し伸べれば素直に身を預けてくれる花礫の体温や、敵に見つからないよう小声の会話の途中でまっすぐに自分に向けられる視線。その全ては任務を成功させる為に過ぎないのだと自分にいくら言い聞かせても、どうしようもなく嬉しくなってしまう。


「っはぁ、は、なんかまた敵増えたな」
「……」

 数え切れないくらいの能力躯を倒して少しだけ攻撃が止んだその合間、與儀はふと花礫のことを考えてしまっていた。きっと心が無意識に癒しを求めているのだろう。

「? おい、與儀?」
「――っ、あ、うん、そうだねっ?」

 返事がないことを不思議に思ったらしい花礫に顔を覗き込まれて、思わず声が裏返る。

「大丈夫か……? 疲れてんじゃねぇの」

 花礫は、まさか與儀が自分の事を考えていなんて夢にも思っていないようで、純粋に戦闘で疲れきって言葉数が少ないのだと勘違いしてくれたようだ。花礫だって慣れない戦闘で疲れているだろうに、真っ先に自分のことを気遣ってくれるその姿に、與儀の心がふわりと暖かくなった。戦闘中だというのに、思わず笑顔が零れてしまう。

「ううん、疲れてないよ。ありがとう。花礫くんこそ大丈夫?」
「俺は平気。つーか……无んとこ連れてってもらうの、ほんと俺の我が儘だから。足手まといで、余計疲れさせて、悪い」

 花礫の頬についた汚れを親指で拭ってやりながらそう聞くと、彼はそれまで合っていた視線をふいと斜め下に逸らして、小さな声でばつが悪そうにそう呟いた。これは、花礫の癖だ。素直じゃない彼が本心を伝えようとする時の癖。きっとまっすぐ目を見ながらでは照れくさくて言葉にできないのだろう。
 ――ああ、もう本当に。どうして花礫くんはこうなんだろう。无ちゃんの事を本当に心配して、自分の危険を顧みず助けようとして、俺にまで気を遣って。

 與儀の心が、きゅうっと締め付けられるように苦しくなる。目の奥がじんわり熱くなって、少しだけ視界が潤んで、とっさに声が出ない。積み重なった愛しさを隠すのも、もうそろそろ限界だと思った。

 気持ちを、伝えてみようか。それでどうにかなれるなんて思わないけれど、それでもいい。花礫は近い内に輪の艇からいなくなる。その時に後悔はしたくないと思った。


「……與儀?」
「花礫くん、あのね、ホントに大丈夫だよ。花礫くんひとりくらい守りながら戦えるよ、俺。こう見えてやるときはやるんだから!」

 それに傍に居てくれた方が安心なんだ、と続く筈だった言葉は、寸での所で口にすることができなかった。能力躯が襲ってきたのだ。
 時間にすればほんの数十秒の休憩時間、それでも與儀には十分だった。『花礫くんが自分の事を心配してくれた』その事実だけで、あと何時間だって戦えるような気がした。


 花礫が艇を降りるまで、あと何週間、いや、あと何日あるだろうか。わからないけれど、きっともう少しだけは猶予があるだろう。だから今は気持ちを封印して、戦いに集中しよう――與儀は自分に言い聞かせるようにそう心に決めると、すうと大きく息を吸って自分たち目掛けて襲いかかってくる能力躯へと刃を向けるのだった。






改定履歴*
20130522 新規作成
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